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雪の話
ゆきのはなし
作品ID57467
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第一巻」 岩波書店
2000(平成12)年10月5日
初出「経済往来 第十二巻第二号」1935(昭和10)年2月1日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2017-04-11 / 2017-03-11
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 この頃新聞を見ていて気の付いたことは、スキーと雪の記事がこの数年来急に増してきたことである。主なものはスキー地の広告のようであるが、その他に純粋に雪と冬の山とを讃えるような記事もかなり沢山あるように思われる。何でも東京では山の雑誌が十種ばかりも出されていて兎に角そのどれもが刊行を継続されているし、雪の朝は郊外電車がスキー車を出すという噂さえきくほどである。誰かがいわれたように氷雪を思慕するというような心情が吾々のどこかに秘められていて、その一つの現われと見られる現象であるかも知れない。もっとも日本人が脂肪質を沢山喰べ、毛織物を一般に用いるようになったためかとも考えられる。
 札幌へきてから今年で五度目の冬を迎えるのであるが、最初の冬は話に聞いていた北海道の寒さに気兼ねをして神妙に控えていたが、案外凌ぎよいので内心安神した。広い埃っぽい道路が白いコンクリートで固められてかえっていい位に考えていたし、硼酸の結晶のようにきらきら輝いた雪の上に、雪下駄の鋭くきしむ音も案外快く耳に響いた。ところが二度目の冬になって、これはやはり相当な寒さであると感じるようになった。最初の冬は寒さの感じ方に馴れなかったためらしい。この二度目の冬を越すともう大丈夫で、そろそろ雪の研究でも始めようかという気になった。
 丁度その夏有名な亜米利加のベントレイというアマチュア老人の雪の結晶アルバムが出版された。この人は五十年かかって四千種以上の雪の結晶の顕微鏡写真を撮ったという人で、その蒐集は気象学者などの間には前から有名であったが、それを見るには特別な専門雑誌によるより仕方がなく、それでもその蒐集のごく一部分の写真しか見ることが出来なかった。もっともこの写真は色々細工がしてあって、不完全な結晶は継ぎ足したり、また乾板上で目的とする結晶の縁に沿って膜面を切り取って、印画紙に焼くと黒地に白く結晶が焼き出されるようにしたりしてある。口やかましい独逸の学者がこれに対して抗議を申し込んだのに対して、ベントレイが結晶の原形の写真から次々に修正をして美麗な写真にする階段を示し、これは美的価値を高めるだけで、そのために科学的価値を損じてはいないという反駁文を亜米利加の気象の専門雑誌に載せているのはちょっと面白い。これはもう二十数年前のことである。
 日本では有名な土井利位の『雪華図説』が天保年間に刊行され、その中に虫目金で観察した八十六個の雪の結晶の摸写がある。それらが実に見事な記録であって同年代の欧洲の学者達の摸写よりも優れていることはよく知られていることである。例えば北海道でもごく稀れにしか観測されない十二花の結晶の摸写の立派なものがちゃんとあるのにはちょっと驚かされた。その中に風車のように廻転性を示す結晶の摸写があるが、これは今までの世界各国の学者達の顕微鏡写真の蒐集にも見当らない珍しいもので…

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