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続銀鼎
ぞくぎんかなえ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新編 泉鏡花集 第十巻」 岩波書店
2004(平成16)年4月23日
初出「国本 第一巻第八号」国本社、1921(大正10)年8月1日
入力者日根敏晶
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-09-07 / 2016-09-02
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 不思議なる光景である。
 白河はやがて、鳴きしきる蛙の声、――其の蛙の声もさあと響く――とゝもに、さあと鳴る、流の音に分るゝ如く、汽車は恰も雨の大川をあとにして、又一息、暗い陸奥へ沈む。……真夜中に、色沢のわるい、頬の痩せた詩人が一人、目ばかり輝かして熟と視る。
 燈も夢を照らすやうな、朦朧とした、車室の床に、其の赤く立ち、颯と青く伏つて、湯気をふいて、ひら/\と燃えるのを凝然と視て居ると、何うも、停車場で銭で買つた饂飩を温め抱くのだとは思はれない。
 どう/\と降る中を、がうと山に谺して行く。がらんとした、古びた萠黄の車室である。護摩壇に向つて、髯髪も蓬に、針の如く逆立ち、あばら骨白く、吐く息も黒煙の中に、夜叉羅刹を呼んで、逆法を修する呪詛の僧の挙動には似べくもない、が、我ながら銀の鍋で、ものを煮る、仙人の徒弟ぐらゐには感ずる。詩人も此では、鍛冶屋の職人に宛如だ。が、其の煮る、鋳る、錬りつゝあるは何であらう。没薬、丹、朱、香、玉、砂金の類ではない。蝦蟇の膏でもない。
 と思ひつゝ、視つゝ、惑ひつゝ、恁くして錬るのは美人である。
 衣絵さんだ!
 と思ふと、立つ泡が、雪を震はす白い膚の爛れるやうで。……園は、ぎよつとして、突伏すばかりに火尖を嘗めるが如く吹消した。
 疲れたやうに、吻と呼吸して、
「あゝ、飛んでもない、……譬にも虚事にも、衣絵さんを地獄へ落さうとした。」
 仮に、もし、此を煮る事、鋳る事、錬る事が、其の極度に到着した時の結晶体が、衣絵さんの姿に成るべき魔術であつても、火に掛けて煮爛らかして何とする! ……
 鋳像家の技に、仏は銅を煮るであらう。彫刻師の鑿に、神は木を刻むであらう。が、人、女、あの華繊な、衣絵さんを、詩人の煩悩が煮るのである。
「大変な事をしたぞ。」
 園は、今更ながら、瞬時と雖も、心の影が、其の熱に堪へないものゝ如く、不意のあやまちで、怪我をさした人に吃驚するやうに、銀の蓋を、ぱつと取つた。
 取ると、……むら/\と一巻、渦を巻くやうに成つて、湯気が、鍋の中から、朦と立つ。立ちながら、すつと白い裳が真直に立靡いて、中ばでふくらみを持つて、筋が凹むやうに、二条に分れようとして、軟にまた合つて、颯と濃く成るのが、肩に見え、頸脚に見えた。背筋、腰、ふくら脛。……
 卯の花の色うつくしく、中肉で、中脊で、なよ/\として、ふつと浮くと、黒髪の音がさつと鳴つた。
「やあ、あの、もの恥をする人が、裸身なんぞ、こんな姿を、人に見せるわけはない。」
 園は目を瞑つた。
 矢張り見える。
「これは、不可ん。」
 園は一人で頭を掉つた。
 まだ消えない。
「第一、病中は、其の取乱した姿を見せるのを可厭がつて、見舞に行くのを断られた自分ではないか。――此は悪い。こんな処を。あゝ、済まない。」
 園はもの狂はしいまで、慌しく外套を脱いだ。トタン…

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