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十和田湖
とわだこ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新編 泉鏡花集 第十巻」 岩波書店
2004(平成16)年4月23日
初出「東京日日新聞 朝刊第一八三五一号〜第一八三五九号」東京日日新聞社、1927(昭和2)年10月1日〜9日<br>「大阪毎日新聞 夕刊第一五九五〇号〜第一五九五三号、第一五九五五号〜第一五九五九号」大阪毎日新聞社、1927(昭和2)年10月13日〜16日、18日〜22日
入力者日根敏晶
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-09-01 / 2016-09-02
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「さて何うも一方ならぬ御厚情に預り、少からぬ御苦労を掛けました。道中にも旅店にも、我儘ばかり申して、今更お恥しう存じます、しかし俥、駕籠……また夏座敷だと申すのに、火鉢に火をかんかん……で、鉄瓶の湯を噴立たせるなど、私としましては、心ならずも止むことを得ませんので、決して我意を募らせた不届な次第ではありません。――これは幾重にも御諒察を願はしう存じます。
 ――古間木(東北本線)へお出迎ひ下すつた以来、子の口、休屋に掛て、三泊り。今また雑と一日、五日ばかり、私ども一行に対し……申尽くせませんまで、種々お心づかひを下さいましたのも、たゞ御礼を申上げるだけでは済みません。御懇情はもとよりでございますが、あなたは保勝会を代表なすつて、湖の景勝顕揚のために、御尽力をなすつたので、私が、日日社より旅費を頂戴に及んで、遥々と出向きましたのも、又そのために外なりませんのでございますから、見聞のまゝを、やがて、と存じます。けれども、果して御期待にかなひますか、如何か、その辺の処は御寛容を願ひたう存じます。たゞしかし、湖畔五里余り、沿道十四里の間、路傍の花を損なはず、樹の枝を折らず、霊地に入りました節は、巻莨の吸殻は取つて懐紙へ――マツチの燃えさしは吹き消して、もとの箱へ納めましたことを憚りながら申し出でます。何は行届きませんでも、こればかりは、御地に対する礼儀と真情でございます。」
「はあ――」
 ……はあ、とそつ気はないが、日焼けのした毛だらけの胸へ、ドンと打撞りさうに受け容れらるる、保勝会の小笠原氏の――八月四日午後三時、古間木で会うてより、自動車に揺られ、舟に揉まれ、大降小降幾度か雨に濡れ、おまけに地震にあつた、裾短な白絣の赤くなるまで、苦労によれ/\の形で、黒の信玄袋を緊乎と、柄の巌丈な蝙蝠傘。麦稈帽を鷲掴みに持添へて、膝までの靴足袋に、革紐を堅くかゞつて、赤靴で、少々抜衣紋に背筋を膨らまして――別れとなればお互に、峠の岐路に悄乎と立つたのには――汽車から溢れて、風に吹かれて来た、木の葉のやうな旅人も、おのづから哀れを催し、挨拶を申すうちに、つい其誘はれて。……図に乗つたのでは決してない。……
「十和田の神も照覧あれ。」
と言はうとして、ふと己を顧みて呆れ返つた。這個髯斑に眼円にして面赤き辺塞の驍将に対して、爾き言を出さむには、当時流行の剣劇の朱鞘で不可、講談ものゝ鉄扇でも不可い。せめては狩衣か、相成るべくは、緋縅の鎧……と気がつくと、暑中伺ひに到来の染浴衣に、羽織も着ず、貝の口も横つちよに駕籠すれして、もの欲しさうに白足袋を穿いた奴が、道中つかひ古しの蟹目のゆるんだ扇子では峠下の木戸へ踞んで、秋田口の観光客を――入らはい、と口上を言ひさうで、照覧あれは事をかしい。
「はあ。……」
「えゝ、しかし何は御不足でも医学博士、三角康正さんが、この一行にお加はり下すつ…

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