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右門捕物帖
うもんとりものちょう
作品ID577
副題08 卍のいれずみ
08 まんじのいれずみ
著者佐々木 味津三
文字遣い新字新仮名
底本 「右門捕物帖(一)」 春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日
入力者tatsuki
校正者Juki
公開 / 更新2000-04-10 / 2014-09-17
長さの目安約 56 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     1

 ――今回は第八番てがらです。
 それがまた因縁とでも申しますか、この八番てがらにおいても、右門はまたまたあの同僚のあばたの敬四郎とひきつづき第三回めの功名争いをすることになりましたが、事の起きたのは八月上旬でありました。
 旧暦だからむろんひと月おくれで、現今の太陽暦に直すと、ほぼ九月の季節にあたりますが、だから暦の上ではすでに初秋ということになってはいるものの、日ざかりはかえって真夏よりしのぎにくいくらいな残暑です。加うるに厄日の二百十日がひとあらしあるとみえて、もよったままの降りみ降らずみな天候でしたから、その暑いこと暑いこと、五右衛門が油煎りも遠くこれには及ぶまいと思われるほどの蒸しかたでしたが、しかし宮仕えするものの悲しさには、暑い寒いのぜいたくをいっていられなかったものでしたから、しかたなくおそめに起き上がると、ふきげんな顔つきで、ともかくもご番所へ出仕のしたくにとりかかりました。
 けれども、したくはしたものの、いかにも出仕がおっくうでありました。暑いのもその一つの原因でありましたが、それよりも事件らしい事件のなかったことが気を腐らしたので、事実また前回の村正騒動が落着以来、かれこれ二十日近くにもなろうというのに、いっこう右門の出馬に値するような目ぼしい事件が持ち上がらなかったものでしたから、ちょうど、よく切れる刀には血を吸わしておかないとだんだんその切れ味がにぶるように、自然と右門の明知も使い場所のないところから内攻していって、そんなふうにお番所へお出仕することまでがおっくうになったのですが、そのためしたくはしたものの、なにかと出渋って、ぼんやりぬれ縁ぎわにたたずみながら、しきりとあごの無精ひげをまさぐっていると、ところへ息せききって鉄砲玉のように駆け込んできたものは、例のおしゃべり屋伝六でありました。
「ちえッ、あきれちまうな、人の気をもますにもほどがあるじゃござんせんか! とっくにもうお番所だと思いましたから、あっしゃご不浄の中までも捜したんですぜ。なにをそんなところでやにさがっていらっしゃるんですか!」
 べつにやにさがっていたわけではないのですが、どうせご出仕しても、また一日控え席のすみっこであごのひげをまさぐっていなければなるまいと思いましたものでしたから、てこでも動くまいというように、ふり向きもしないでうずくまっていると、しかし伝六は不意にいいました。
「さ! ご出馬ですよ! ご出馬ですよ!」
 いつも事をおおげさに注進する癖があるので、ふだんならば容易に伝六のことばぐらいでは動きだす右門ではなかったのですが、長いことしけつづきで気を腐らしていたやさきへ、突然出馬だといったものでしたから、ちょっと右門も目を輝かして色めきたちました。
「何か事件かい」
「事件かいの段じゃねえんですよ。お番所はひっくり返るような騒ぎで…

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