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動物の私有財産
どうぶつのしゆうざいさん
作品ID57883
著者丘 浅次郎
文字遣い新字新仮名
底本 「進化と人生(下)」 講談社学術文庫、講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出「太陽」1907(明治40)年9月
入力者矢野重藤
校正者y-star
公開 / 更新2018-05-20 / 2018-04-26
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 人間社会では財産はきわめて大切なもので、ほとんど生命に次いで貴重なものというてよろしい。財産のない者はささいなことさえも容易にはできぬが、財産のある者は勝手次第なことをなして毫もはばからない。ドイツ語で財産のことを Verm[#挿絵]gen(なし得る)と名づけるのは全くこのゆえであろう。試みに Ein Mann ohne Verm[#挿絵]gen(財産なき男)と書けば「なし得るなき男」とも翻訳することができるが、かくてはもはや人間一人前の資格はない者と見なさねばならぬ。また治るべき病も財産のないために治し得ぬこともあり、借金の返せぬために首をくくる男もあって、生命が貴いか財産が貴いか判然せぬごとき場合さえすこぶるしばしばある。財産なるものは人間社会ではかくまで重要なものであるが、さて他の動物ではいかん。他の動物では財産はいかに保護せられ、いかに蓄積せられるか、財産は何の役に用いられ、また何代目まで相続せられるか。人間と他の動物との財産制度を比較して見ると、いかなる点までは互いに相一致し、いかなる点において相異なるか。またそのため人間社会にはいかなる結果が生じたか。われらが今ここにいささか述べようと思うのは上のごとき諸問題についてである。
 そもそも私有財産とは天地間に存在する物の中から、自身一己の用に供するために、その一部を区画して占領したもので、他に奪い取られぬためには、つねにこれを完全に保護しうることが必要である。いかに自身一己のために用いるつもりであっても、自身にこれを護ることのできぬもの、また相互の間に各自の所有権を尊重すべしという約束の成り立っておらぬ場合のごときは、決してこれを私有財産と名づけることはできぬ。されば動物にも私有財産を有するものと、有せざるものとあるはもちろんのことで、菜の青葉を食うている芋虫のごときは、決してその食いつつある一枚の葉を所有しているとはいわれぬ。なぜというに、他の芋虫が匍うてきて、これを食い始めても、防ぐ方法がないからである。しかしながら動物の中にはかくのごとき無財産のものばかりではない、広く全動物界を見渡せばたしかに財産を有する種属もずいぶんたくさんにある。簡単な例をあげてみるに、一時に多量の人参を猿に与えると、猿は最初の間は実際これを咀嚼してのみこんでしまうが、一通り腹が張ってからのちは、ただこれを口の中にたくわえ、両側の頬を風船玉のごとくにふくらして、詰めこみ得るだけその中へ詰めこむ。かく猿の頬嚢の中に詰めこまれた人参は、天地間に存在する物の一部を区画してその猿が専有しているのであって、頬の中に完全に保護せられてあるから、他の猿はいかに欲しくてもこれを奪い取ることはできず、しかして所有者なる猿はいつでも随意にこれを食うことができるのであるゆえ、これは純然たる私有財産である。また犬が牛の骨をかじっているとき急に…

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