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観想の時
かんそうのとき
副題――長歌体詩篇二十一――
――ちょうかたいしへんにじゅういち――
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「白秋全集 8」 岩波書店
1985(昭和60)年7月5日
初出「大觀 二月號 大隈侯哀悼號 第五卷第貳號」實業之日本社、1922(大正11)年2月1日
入力者フクポー
校正者岡村和彦
公開 / 更新2016-10-12 / 2016-09-09
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

黎明の不尽

 天地の闢けしはじめ、成り成れる不尽の高嶺は白妙の奇しき高嶺、駿河甲斐二国かけて八面に裾張りひろげ、裾広に根ざし固めて、常久に雪かつぐ峰、かくそそり聳やきぬれば、厳しくも正しき容、譬ふるに物なき姿、いにしへもかくや神さび神ながら今に古りけむ。たまたまに我や旅行き、行きなづみ振さけ見れば、妻と来てつつしみ仰げば、あなかしこ照る日もわかず、暮れゆけば雲巻き蔽ひ、霹靂はためくさへに、稲光青の火柱、火ばしらの飛ぶ火のただち、また、とどろ雹ぞ飛びたる。御殿場のここの駅路、一夜寝て午夜ふけぬれば、まだ深き戸外の闇に、早や目ざめ猟犬が群、勢ひ起き鎖曳きわき、跳り立ち啼き立ち急くに、朝猟の公達か、あな、ひとしきり飛び連れ下りる騒ぞきの、さて出立つらむ。けたたましく自動車の鳴り爆ぜる音、咽喉太の唸り笛さへ凝り霜の夜凝りに冴えて、はた、ましぐらに何処へか駈け去りぬ。底冷えの戸の隙間風、さるにても明け近からし。目のさめて明告鳥の息長に啼き呼ばふ声、そことなく応ふる声の裾野原揺りどよもすに、おのづ覚め我は在りけり、目はさめて我もありけり。つくづくと首延し見れば、こちごちの濃霧のなびき、渓の森、端山の小襞黒ぐろとまだ気ぶかきに、びようびようと猛ける遠吠、をりからの暁闇を続け射つ速弾の音。たださへも益良夫ごころ溢れ揺り抑へもあへぬを、見透かせば渦巻く霧の瑠璃雲の漂ひが上、数かぎりなき糠星の瓔珞の中、あなあはれ不尽の高嶺ぞ、白妙の不尽の高嶺ぞ、今し今、一きは清き紫の朝よそほひに出で立ち立てり。夢か、こは、まことなりけり。夢ならず、現なりけり。起きよ起きよ。まことこれ日の本の不尽、木花咲耶姫の神、神しづまりに鎮まらす不尽の御嶽ぞ、見よ目に見えて近ぢかと明け初むるなれ。起きよとて妻揺りたたき、目ざめよとまた呼び覚まし、口漱ぎ、さて、身をきよめ、さむざむと袂合はし、しみじみと二人い寄り、ひたすらにかくて見恍れぬ。時ありぬ。やや時経れば、ほのぼのとして薄明る山際の色、黎明の薄樺いろに焼け明るその静けさに、日出づる前か、明鴉かをかをと二羽連れだちて羽風切る、その羽裏いよよ染みたり。はたはたと山鳩もまた二羽競ひ行く。観る人も妻とし見れば飛ぶ鳥も連るるものかも、うれしやと妻は見て云ふ、我もまた微笑みて見つ。さるからに、薄紅き蓮華の不尽の隈ぐまの澄み明りゆく立姿、頂の辺は更にも紅く、つや紅く光り出でたれ。よく見ればその空高く、かすかにも靡くものあり。高うして吹雪すらしか、かすかにも雪煙立ち、その煙絶えずなびけり。いよいよに紅く紅く、ひようひようと立ちのぼる雪の焔の天路さしいよよ尽きせね、消えてつづき、消えてつづけり。あなあはれ、かのいつくしさ、このかうかうしさ。眺むれば見れども飽かず、言にさへ筆にさへ出ね。あなかしこ、不尽の高嶺は日の本の鎮めの高嶺、神ながら奇しき高嶺、この高嶺まれに仰ぎて…

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