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触覚について
しょっかくについて
作品ID58006
著者宮城 道雄
文字遣い新字新仮名
底本 「日本近代随筆選 1出会いの時〔全3冊〕」 岩波文庫、岩波書店
2016(平成28)年4月15日
初出「水の変態」宝文館、1956(昭和31)年
入力者法川利夫
校正者岡村和彦
公開 / 更新2017-06-25 / 2017-04-03
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は盲人であるので、ものの形を目で見るかわりに、手の感覚で探って見るわけである。そして、手の先も始終ものを触って見る練習が積めば、だんだん指先の感じが鋭敏になっていくものである。
 盲人の用いる点字というものは、人も知っている通りに、紙を針の先で突いて、その出た方の点のならべ方で読むのである。即ち、六つの点のならび方と、点と点との間隔で、いろいろの字になるのである。
 その点字を、普通の練習しない人が撫でてみても、何が何だかわからないが、いつもやっていると、指先で撫でただけで読むことが出来るようになる。
 指先をつかうことがだんだん慣れてくると、テーブルに手を触れただけでも、どこに疵があるか、また、汚点があるかもわかるようになる。そして織物のようなものでも色はわからないが、縞の荒さなどは、どんなぐあいかということはわかる。私は変わったものを、目で見るかわりに、撫でてみるのが楽しみなのである。
 私はよく、春先になると、庭に下りていろいろの花とか、植木の葉とか、木の枝の曲りぐあいや根の張りぐあい、また下草の芽生えの柔かいのなどを、撫でてみることがある。それは私には、目明きの人が目で見るのと同じように、のどかで楽しい気持がするのである。そして、時々庭を歩いてそれらを探っては、日増しに、いろいろの草木が伸びて行くのを知るわけである。庭石など手ざわりでどういう石かということもわかる。
 また時々、木の根の面白いのに夢中になって、這うようにして探っていて、上のことに気がつかず、うっかり立ち上った拍子に大きな木の枝に頭をぶっつけて、びっくりすることもある。私は自分の家に限らず、野原や山に行っても、よくその辺に生えている草とか木が好きで、いじってみては楽しむのである。
 私は草木の外に、彫刻とか飾り道具とか、茶器のような器ものも、さわってみるのが好きである。それでよく子供の人形の顔などをいじり過ぎて、黒く汚したために、子供に叱られることがある。
 彫刻で思い出したが、ある時、私の友人に胸像を作ってもらったことがあった。それが出来上がった時に、私は彫刻の顔を撫でて自分の顔と比べてみたが、どうも自分に似ていないような気がした。非常に凸凹しているので、自分の顔はこんなにおかしい顔かなあと思った。それで、ある時、別の彫刻家に会った時に、その話をしたら、その彫刻家が、彫刻はやはり目で見ていいように光線の応用というものがあるために、目で見たのと手で撫でたのとはどうしても感じが違う。しかし、その方の感覚だけで面白い彫刻も出来るといった。
 それからまた、私たちには別に盲人用の時計があるが、私はわざと普通の懐中時計を用いている。それは指先の感覚で長針と短針の距離を計れば、一分も違わないようにわかる。これも長年の練習の結果によるもので、非常に便利なことは、暗がりでも時間が知れるのである。…

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