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垣内の話
かいとのはなし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「柳田國男全集20」 ちくま文庫、筑摩書房
1990(平成2)年7月31日
初出「民間伝承十二卷八・九號」1948(昭和23)年9月
入力者フクポー
校正者みきた
公開 / 更新2017-08-08 / 2017-07-17
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 垣内(カイト)は思いのほかこみ入った問題であった。最初からもしこれがわかっていたら、あるいはまだしばらくは手を着けずにいたかもしれない。私たちが興味を持ち始めた動機は、
(一)垣内が日本のかなり弘い区域にわたって、分布している事実または少なくともその痕跡であるにもかかわらず、これに気づいている人はまだ少なく、今までに発表せられた二三の研究、たとえば小川、中山、野村氏等のそれは、ただある一方だけの現象を説明しようとしたに過ぎぬゆえに、推定がやや不安なるを免れなかった。今幸いに民間伝承の会の、各地の同志の協力が得られたならば、新たなる資料がおいおいに出現して、比較が可能になり、よほど確実に近い事が言えるようになるであろうということが一つである。
(二)次には中世以前の垣内については、やや豊富に過ぐというほどの古文書の資料が伝わっていて、現在はまだ整理と綜合が進んではおらぬらしい。それを民俗学の手で成し遂げるまでは望みがたいが、少なくとも当代にもなお跡を引いている不審であることを明らかにしたならば、自然に文書史学の興味を刺戟することにもなって、双方から歩み寄って、この一つの未墾地を開拓することになろうと思った。
 それから今一つは政策とからみ合った問題であるが、
(三)新時代の農地制度においては、農場の単位ということが、全然と言ってもよいほど省みられていない。こうして放任しておいても農業は進歩し、国の生産計画は立つものかどうか。そういう疑問に答えるがためにも、一通りは今までどうしていたかを明らかにしなければならぬのだが、これには何よりも先に垣内というものの成立と、これが次第に農村生活の表相から、消え隠れて来た経過とを、明らかにしておく必要があるかと私は思った。最近山口弥一郎君等の手によって調査せられた北上川右岸の農村地帯、あるいはそれよりも大分以前に、自分等が一瞥している関東東部の近世初期の開発地などには、以前の垣内制を憶わしめるような屋敷地取りの方式がなお折々は見出される。これがただ単なる因習の持続ではなかったとすれば、この問題は実はまだ活きているのである。もちろん時世に相応した幾つかの補充訂正をもって、さらに未来の可能性を討究すべき現実の案件であったのかもしれない。単なる史上の閑題目として、空しく閑人の手に委ね去るべきものではないのかもしれない。



 垣内の問題は少なくとも現代にも入用がある。かりに将来の村構成に、これを利用し得るというまでは望まれぬとしても、何ゆえにこれが幾つかの改造を経つつも、今までなお残っているのかということは眼前の不審であり、その疑問は今からでもこれを釈くことができる。そうしてその方法は民俗学のものであった。今までまったく知らなかった多くの事実が、わずか一年足らずの間にももう大分心づかれ、それを我々は実地に就いて、何度でも…

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