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犬酸漿
いぬほおずき
作品ID58029
原題THE NIGHTSHADE
著者キングスフォード アンナ
翻訳者The Creative CAT
文字遣い新字新仮名
入力者The Creative CAT
校正者
公開 / 更新2017-02-22 / 2019-11-22
長さの目安約 46 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「されど、畢竟沈黙より貴きものなし。」――カリュドンのアタランタ(*1)

第一章


 先日さる方から戴いた贈り物に、深紅のバラと紫のイヌホオズキを一つの花束として結んであった。
 バラとイヌホオズキ!
 この組み合わせは一編の詩の種たりうる!
 誰が見てもバラは愛の表象であり、イヌホオズキは静寂を象徴するからだ。

 私は小さな花瓶に水を張り花束を生けた。夜、床に入ると、頭の中一杯にそこはかとない韻文や、巣立ち前の着想が満ちあふれた。それらのテーマはやはり、風変わりな花束の香りにあった。しかしながら、詩の女神に眠りが打ち勝ち、柔和な闇の神が優しい呪文で私を捕え、丹念に織り上げたソネットは夢の中に溶解していった。
 恐らくは眠りの幻想なのだろう、私は深く穏やかな紫の光の中に立っていた。その光は暗く、荘重で、陰鬱で――低い短調の和音を思わせた。何かオルガン即興曲の最後の音が名演奏家の指先で死にゆく時、誰もいない大聖堂の翳った通路を転げ落ち、憂鬱な夜の空気の中にまろび出、星の世界へと浮かび上がっていくような。
 目の前に精霊が浮かんでいた――濃い紫色の厚手のローブを纏った亡霊だ。しかし双眸は生き生きと火のように燃え、私はそれらに目をやることができなかった。奇妙に反発するような恐怖と困惑とを覚えて、私の心臓は胸の内で縮みあがった。その時、私は精霊の恐ろしい視線が私の上に留まっているのを感じ、オルガンにも負けない朗々たる低声が、激しく哀切に、この上なく厳粛に、私の耳を圧したのだ――
 汝、地上の娘よ、吾は紫の犬酸漿、即ち南国のアトロパ・ベラドンナの精なり――そが暗き杯は嗅ぐ者に辛苦を、そが黒き実は味わう者に死を与う。また、マリアの社あるいは婚礼に飾る花輪を作らんと森に遊ぶ乙女子らも我が毒性の果実を忌むが故、医師と薬師が我が内に肉体の苦悶を和らげる精妙なる香油を見いだすが故、病める者に安らぎを、眠られぬ者に忘却を与え、哀れなる者に永久の憩いを与うるが故、我が色の陰気で香りの甘からず、鎮め宥め殺し得るが故、数々の地上の息子たちは吾を静寂の徴とせり。汝の眉根には陰がある。我が言葉は汝にとりて奇矯にして苦かろう。だが我が言葉を聞くがよい。なんとなれば、かつて私は地上に住み、沈黙の裡に考究し苦悩したる者と共に在りしがため。その男の名は日めくりに記された地上の英雄の内には見いだせぬ。その名を記録するのは天のみである!
 昔、ピエモンテ州のとある大きな町から遠からぬ所に、見窄らしい小屋があった。私が物心ついた時、借り主は貧しい病弱な女性と一人息子だった。九歳か十歳くらいだったろうか。この母子は大変貧しく、乏しい活計は母親が町人のために針仕事をし、あるいは乾燥させた薬草類を商って得るのがほとんどだった。小屋自体について言うと、傾き、倒れそうな襤褸家で、半ば廃屋といってよく、外壁一…

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