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湖畔亭事件
こはんていじけん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「江戸川乱歩全集 第2巻 パノラマ島綺譚」 光文社文庫、光文社
2004(平成16)年8月20日
初出「サンデー毎日」大阪毎日新聞社、1926(大正15)年1月3日~5月2日
入力者nami
校正者北川松生
公開 / 更新2017-06-03 / 2017-05-17
長さの目安約 141 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 読者諸君は、先年H山中のA湖のほとりに起った、世にも不思議な殺人事件を、御記憶ではないでしょうか。片山里の出来事ながら、それは、都の諸新聞にも報道せられた程、異様な事件でありました。ある新聞は「A湖畔の怪事件」という様な見出しで、又ある新聞は「死体の紛失云々」という好奇的な見出しで、相当大きくこの事件を書き立てました。
 注意深い読者諸君は御承知かも知れませんが、そのいわゆる「A湖畔の怪事件」は、五年後の今日まで、遂に解決せられないのであります。犯人はもちろん、奇怪なことには、被害者さえも、実ははっきりとは分っていないのであります。警察では、最早や匙を投げています。当の湖畔の村の人々すら、あの様に騒ぎ立てた事件を、いつの間にか忘れてしまった様に見えます。この分では、事件は永久の謎として、いつまでもいつまでも未解決のまま残っていることでありましょう。
 ところがここに、広い世界にたった二人だけ、あの事件の真相を知っている者があるのです。そして、その一人は、かくいう私自身なのであります。では、なぜもっと早く、それを発表しなかったのだと、読者諸君は私をお責めになるかも知れません。が、それには深い訳があるのです。まず私の打開け話しを、終りまで御聞き取り下さい。そして、私が今まで、どんなにつらい辛抱をして沈黙を守っていたかを御諒察が願いたいのであります。



 さて本題に入るに先だって、私は一応、私自身の世の常ならぬ性癖について、又私自身「レンズ狂」と呼んでいる所の、一つの道楽について、お話して置かねばなりません。読者諸君の常としてその不思議な事件というのは一体全体どんなことだ。そして、それが結局どう解決したのだと、話の先を急がれますが、この一篇の物語りは先ず、今いった私の不思議な道楽から説き起さないと、あまりに突飛な、信じ難いものになってしまうのですし、それに、私としては、自分の異常な性癖についても、少し詳しく語りたいのです。どうか暫く、痴人のくり言でも聞くお積りで、私のつまらぬ身の上話をお許しが願いたいのであります。
 私は子供の時分から、どうしたものか、世にも陰気な、引込思案な男でありました。学校へ行っても、面白そうに遊び廻っている同級生達を、隅の方から白い眼で、羨ましげに眺めている、家へ帰れば家へ帰ったで、近所の子供と遊ぶでもなく、自分の部屋にあてがわれた、離れ座敷の四畳半へ、たった一人でとじ籠って、幼い頃は色々なおもちゃを、少し大きくなっては、先にいったレンズを、仲のよい友達かなんぞの様に、唯一の遊び相手にしているといった調子でした。
 私は何という変な、気味の悪い子供であったのでしょう。それらの無生物の玩具に、まるで生ある物の様に、言葉をかけていることさえありました。時によって、その相手は、人形であったり、犬張子であったり、幻燈の中の様々の人物…

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