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ユダヤ人のブナの木
ユダヤじんのブナのき
副題山深きヴェストファーレンの風俗画
やまぶかきヴェストファーレンのふうぞくが
原題DIE JUDENBUCHE
著者
翻訳者番匠谷 英一
文字遣い旧字新仮名
底本 「ユダヤ人のブナの木」 岩波文庫、岩波書店
1953(昭和28)年8月25日
入力者富田晶子
校正者日野ととり
公開 / 更新2017-01-01 / 2017-01-01
長さの目安約 119 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

*2愚かな心の縺れを、誤りなく解きほぐす
そんな纎細な手がどこにあろうか。
哀れにもやつれはてた人に、平氣で石を投げつける
そんな氣強い手がどこにあろうか。
*3虚榮の血の押さえがたいたぎりを、誰が裁くであろうか。
忘られぬままに若い人の心に強い根を張らせ
ひそかに成心を植えつけて、その人の靈魂を蝕みつくす
そんなかりそめの言葉を、誰が裁くであろうか。
汝幸いなる者よ、明るい世界に生まれはぐくまれ
敬虔なる手に育てられた幸いなる者よ、
罪を計る秤をすてよ――そは汝には許されないのだ。
人を打つ石をすてよ――そは汝みずからの頭に當るであろう。――
[#改ページ]

 一七三八年生まれのフリードリヒ・メルゲルはB村のいわゆる半小作農、いいかえればけちな土地持ちの一人息子であった。この村は、どの家もこの家も、みんなぞんざいな建てかたで煤けてはいたが、ある重要な、歴史的に有名な山脈の緑深き山峽にあったので、その繪畫的なすばらしい美しさによってあらゆる旅人の目をひきつけていた。その上この村の所屬している地方は、當時はまだ、工場や商家もなく、おまけに軍用道路一つとおっていないという、ひどく邊鄙な片田舍の一つなので、見なれない他國者がちょっと姿を現わしただけで、たちまち人目の垣をつくり、相當な身分の人でも、ほんの三十マイル旅行しただけで、いつのまにかもうこの地方のオディッセーになってしまうという風であった。――簡單にいえば、ドイツにはほかにもまだ、こんな所が澤山あったように、そういった情態においてのみはぐくまれる、あらゆる缺陷や、美徳や、あらゆる獨特さや、偏狹さを持っているという、そういった場所の一つであった。
 法令がえらく簡單で、しばしば不備であったために、正不正に關する住民たちの考え方は多少混亂していた。でなければ、むしろ、一定の法令のほかに第二の法令が、つまり世論や、習慣や、怠慢によって生まれた時效の法令ができているという有樣であった。地主たちは、些細な事件ならば、慣例によって裁くことが認められていたので、大抵の場合にはまず間違いのない自分たちの見解によって處罰したり褒美を與えたりした。農民は、自分の手にあうことや、多少ゆとりのある良心にてらして納得の行くことは實行した。そしてただ裁判に負けた者だけが、時々、古い埃だらけの記録を引っぱり出すことを思いつくぐらいのものであった。――こういった時代を公平に觀察することは、けっしてやさしいことではない。なぜなら、その時代がすぎてしまうと、それは高慢な態度で非難されるか、馬鹿々々しいほど稱讚されるのが常であったから。それというのが、自分自身この時代を體驗した者は、いろんななつかしい思い出に溺れがちであり、この時代に遲れて生まれた者は、過去の時代を理解することが不可能であったからである。それはともかくとして、この時代は、形式…

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