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絵のない絵本
えのないえほん
作品ID58165
副題01 絵のない絵本
01 えのないえほん
原題BILLEDBOG UDEN BILLEDER
著者アンデルセン ハンス・クリスチャン
翻訳者矢崎 源九郎
文字遣い新字新仮名
底本 「絵のない絵本」 新潮文庫、新潮社
1952(昭和27)年8月15日
入力者sogo
校正者諸富千英子
公開 / 更新2018-04-02 / 2019-11-24
長さの目安約 86 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

絵のない絵本

 ふしぎなことです! わたしは、なにかに深く心を動かされているときには、まるで両手と舌とが、わたしのからだにしばりつけられているような気持になるのです。そしてそういうときには、心の中にいきいきと感じていることでも、それをそのまま絵にかくこともできなければ、言い表わすこともできないのです。しかし、それでもわたしは絵かきです。わたしの眼が、わたし自身にそう言い聞かせています。それに、わたしのスケッチや絵を見てくれた人たちは、みんながみんな、そう認めてくれているのです。
 わたしは貧しい若者で、たいへんせまい小路の一つに住んでいます。といっても、光がさしてこないというようなことはありません。なにしろ、まわりの屋根ごしに、ずっと遠くの方まで見わたすことができるほど、高いところに住んでいるのですから。この町にきた、さいしょのころは、ひどくせまくるしい気がして、さびしい思いをしたものです。それもそのはず、森やみどりの丘のかわりに、地平線に見えるものといえば、ただ灰色の煙突ばかりなのですからね。おまけに、ここには、友だちひとりいるわけではありませんし、あいさつの声をかけてくれるような顔なじみもなかったのです。
 ある晩のこと、わたしはたいへん悲しい気持で、窓のそばに立っていました。ふと、わたしは窓をあけて、外をながめました。ああ、そのとき、わたしは、どんなに喜んだかしれません! そこには、わたしのよく知っている顔が、まるい、なつかしい顔が、遠い故郷からの、いちばん親しい友だちの顔が、見えたのです。それは月でした。なつかしい、むかしのままの月だったのです。あの故郷の、沼地のそばに生えている、ヤナギの木のあいだから、わたしを見おろしたときと、すこしもかわらない月だったのです。わたしは、自分の手にキスをして、月にむかって投げてやりました。すると、月はまっすぐわたしの部屋の中にさしこんできて、これから外に出かけるときには、まい晩、ちょっとわたしのところをのぞきこもうと、約束してくれました。そのときからというもの、月は、ちゃんとこの約束を守ってくれています。ただ残念なのは、月がわたしのところに、ほんのわずかの間しかいられない、ということです。でも、くるたびごとに、その前の晩か、その晩に見たことを、あれこれと話してくれるのでした。
「さあ、わたしの話すことを、絵におかきなさい」と、月は、はじめてたずねてきた晩に、言いました。「そうすれば、きっと、とてもきれいな絵本ができますよ」
 そこでわたしは、いく晩もいく晩も、言われたとおりにやってみました。わたしは、わたしなりに、新しい「千一夜物語」を絵であらわすことができるかもしれません。でも、それでは、あまりに数が多すぎます。わたしがここに書きしるすものは、勝手に選びだしたものではなくて、わたしが聞いたとおりの順序にならべた…

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