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湯けむり
ゆけむり
作品ID58174
著者澤西 祐典
文字遣い新字新仮名
底本 「大分合同新聞(朝刊)」 大分合同新聞社
2016(平成28)年4月30日
初出「大分合同新聞」2016(平成28)年4月30日
入力者澤西祐典
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2017-01-02 / 2016-12-28
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「貴様は別府のこと、何もわかっちょらんな。これやからよそ者は好かんちゃ、偉そうにしくさってから」
 首藤は、大分合同新聞の夕刊に、太田の写真入り記事を見つけ、彼から言われた言葉を思い出した。途端、頬に熱が上った。新聞を乱暴に丸め、ごみ箱に投げ捨てる。大阪行きのフェリーの船内には、陽気な音楽が流れていた。
 ――どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
 たしかに家業の薬屋は、ずいぶん前から立ち行かなくなっていた。けれど、まさか別府を去ることになろうとは、首藤は夢にも思わなかった。
 大阪に着いたら、仕事の合間に覚えた八卦占いでもやって、しばらく気ままに暮らすのも悪くない。そんな風に努めて明るく考えてみたが、やはり、やる瀬ない思いが、首藤の胸に込み上げてきた。その上、生まれも育ちも別府だというのに、「よそ者」扱いされたのもやはり面白くなかった。
 まとまりもなくそんなことを思っていると、船内の音楽が途切れ、船内放送が流れた。どうやら出航に際して、テープ投げのイベントが行われるらしい。夕風にでも当たれば気分も変わるに違いないと思い、首藤は船内アナウンスに促されるまま、甲板へと足を運ぶことにした。

「テープ投げは、出航とともに始まりますので、今しばらくデッキでお待ちください」
 フェリーのクルーに紙テープを手渡されながら、首藤は辺りを見渡した。デッキには、すでに大勢の子供や家族連れが詰めかけ、フェリーの欄を埋めていた。船出を心待ちにしている子供の群れに、初老に差しかかった大人が一人っきりで混じるのは多少気が引けた。けれど、テープを受け取ってしまった手前、今さら船内に引っ込むのも気まずかった。首藤は、親子連れと若いアベックの間に、ひと一人分の隙間を見つけてもぐり込んだ。
 別府の町もこれで見納めと思って来たが、フェリーターミナルの建物に阻まれ、町並みはほとんど見えなかった。喋る相手もいない首藤は、ぼんやりと物思いに耽るしかなかった。出航の時を待ちながら、首藤はここに至るまでの一連の騒動を思い返していた。

   *   *   *

 ……事の発端は、一人の外国人だった。男は、首藤ら、別府の地元の人がよく出入りする喫茶店に現れ、自分はヴァーミリオン・サンズから来た芸術家だと名乗った。
 近ごろ山の上にできた国際大学の影響もあって、異国人は珍しくなかったが、そんな名前の都市は誰も聞いたことがなかった。そこは、どんな場所なのかと聞いてみると、男は口で説明する代わりに、懐から一枚の古ぼけた写真を出した。
 写真には、オレンジ色の広大な砂漠が写っていた。地表から風に舞い上げられた砂が、まるで調べを奏でそうな具合に――それも身を引き裂かれんばかりの哀しい恋の歌でも聴こえてきそうな模様を浮かべて、写っていた。その中央には、珊瑚でできた高い塔が建っている。
 しかし…

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