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戦争
せんそう
作品ID58274
著者藤野 古白
翻訳者藤井 英男
文字遣い新字新仮名
初出「早稲田文学 通巻87」1895(明治28)年
入力者藤井英男
校正者
公開 / 更新2017-04-12 / 2017-03-10
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

本舞台は全面の平舞台、背景に岩組みの張物を置く。岩には雪を真白に積もらせ、それから平舞台への橋懸かりにかけて一面に雪布を敷つめる。背後には碧空の張物に白雲の幕を垂らし、岩裾には枯薄や熊笹が生えて雪はまだらになっている。下手には同様に雪綿を被ったコーリャンが立ち枯れのまま袖垣のような有様。上手には檜や槇の立木があって日覆いから釣り枝を垂らすが、これに赤や青の旗の切れ端が絡みついて垂れ下がっている様子など、すべて先ほどまで激戦のあったこと、そしてそれにより清国内いずれかの光景であることが示されている。退却合図のラッパの遠音がして幕が開くと、清国兵五名が、泥まみれの地味な防寒外套を着た総督喬班の重傷を介抱している。遠くに響くラッパの音に耳を立て、
清兵一 ヤア、あのラッパの音は、
清兵二 こっちに向けても追いかけてきているに違いない!
清兵三 もしこんなところで倭兵と出くわしてしもうたら、
皆々 こりゃあ、こんなことをしていてはおられぬわい。
清兵一 命あっての物種、看護もこれまで、一刻も早く逃げねば!
清兵二 どこか道々の民家にでも、この……
清兵三 そうよ、この手負いはさ、
清兵一 どうしたって背に腹は代えられぬぜ。それ、倭兵が近づいてきたぞ!
皆々 逃げろ、逃げろ!
皆、喬班を舞台の適当な場所に置き捨てて上手に入る。日覆いから雪を降らし、退却のラッパの遠音が聞こえる。この時喬班、重傷に喘ぎながら目を開き、涙を払って悔しさに堪えぬ様子で、
喬班 ええ憎っくき下郎の振る舞い、恩ある上官がそこで重傷に苦しんでおるというのに、畜生のようにそれを横目に棄てて逃げるとは! 戦場ではこれまで金が目当てで背負っていたのか。ああ、あれは籠城の折であった。あの蕭卿が降伏すべしと進言するのを我は叱り飛ばし、怒りにまかせてあのような忠臣を鞭で打ってしもうた。今頃彼はどこでどうしていることであろう。我が運命もこれにて極まったか。我中華に生まれながら、今夷狄っぱらの侵略の目にあい、天の時も地の利も我が方にあったのに拘らず、主人見棄てて逃げるような下郎の輩どものせいでこの体たらくよ。己ほど悔しい恨みを残して死にゆく者が、古今どれだけあるものか。畜生め、我が身の定めが悔しいぞ!
負った手傷に苦しむ様子ながらも、屹と思い詰めたような風で懐より短刀を取り出し右手に持って、
喬班 倭兵が今ここにやって来たなら、必ずやなぶり殺されてしまうに違いない。辱めを受けて苦しみを重ねるくらいなら、むしろ我と我が手で…… だが、自分がこのような辺境で露と散り、骨を雪に埋めることになったと愛しい妻や家族が知ったなら…… ああ、かく死なねばならぬとは何と耐えがたい! ああ無念! あの者ら逃げて帰れば、我は戦場で敵と組み合って討ち死にしたとでも皆に欺き言い触らすことであろう。そんな部下を配下に持って、こんな恨み言を…

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