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中村梅玉論
なかむらばいぎょくろん
作品ID58930
副題大根か名優か
だいこんかめいゆうか
著者三宅 周太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻10 芝居」 作品社
1991(平成3)年12月25日
入力者大久保ゆう
校正者富田晶子
公開 / 更新2018-01-01 / 2018-01-01
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 昭和初めに私は文藝春秋社に関係し、そこで第二次「演劇新潮」の編輯主任をし、故菊池寛氏と比較的親しくしてゐた。それ故に菊池氏の一面を知るともなく知つてゐる積りであるが、私は多くの文士の中で、氏の如くその仕事の文芸(演劇をも含む)に冷静な人は珍しかつたと思ふ。或は芸術家でゐながら文芸に離れてゐ、傍観者のやうにしてゐる人は珍しかつたと思ふ。
 これを砕いていふと、文士でゐて氏の如く文芸に惚れてゐなかつた人は珍しいのだ。尤も、氏は常にバアナド・シヨウ風の皮肉と逆説との人だつた。世がこぞつて菊五郎をほめ出した十余年前、氏独り菊五郎に反対したり、常識家でゐながらつむじ曲りであつた。だから凡そ文士の限り、芸術第一なのに、シヨウ流に氏は文士だつて芸術第一でなく、世間人の如く生活第一だつたつていゝだらうといつた態度をとつたのか知れない。でも、結局氏は文士でゐて文芸に惚れない所に、新しさがあり、えらさがあり、更に文藝春秋社なる株式会社社長として非凡な手腕をふるつたわけであらう。即ち、芸術家でゐて芸術の傍観者といへた所が、凡庸な芸術家ではかへつて及ばなかつた「特異」があつたわけになる。氏と比較するのではないが、急逝した中村梅玉も亦芝居に冷静な人だつたと思ふ。半年前某芸能新聞に彼の談話が出てゐたが、それを読むと彼は子供の時は役者が嫌ひだつた。そして今でも芝居より休んでゐる時は孫でもつれて郊外散歩が好きで又映画を遊び半分に見るのが好きだといつてゐた。多くの文士が文学が好きなのと同様凡そ役者の以上芝居が好きなのは義務同然であるのに、梅玉のみ淡々として芝居はさう好きでないといふのは珍しい。その意味で彼は芝居に惚れてゐなかつた人かと思はれる。――
 但し、梅玉がかうした冷淡な芝居の傍観者だつたのは、環境がさうせしめたとはいへる。即ち、彼は先代梅玉にもらはれて養子となつた。所で、先代梅玉はあれ程非凡な中車以上の「脇役の名人」に拘らず、ふだんはその反対で家庭ではこまかく、上方にありがちな大変な節約家で、金をためた人だつたといふ。そこで幼い政治郎時代は相当養父がやかましく、干渉づくめらしかつた。そこへ初代鴈治郎の相手の女形ばかりさせられた。しかも、鴈治郎は高安吸江氏がいふやうに舞台上では「暴君」だつた。だから若い政治郎から福助の彼は、家庭では養父に一々こまかくいはれ、舞台では暴君鴈治郎に攻められたのだ。だから精神も肉体もとても普通では保てるわけがない。……
 その結果、どんな事にもつかず離れずに、よくいへば超然とし、わるくいへば冷静で驚かず動ぜずのいはば冷たい人になつたのではあるまいか。言葉をかへていふと、仕事の芝居でも常に傍観者となり、更に芝居に惚れない人になつたのであるまいか。
 人間は余りこまかく干渉されたり、圧迫されたりすると、生きるためにも逃げ道を作らずにはゐられなくなる。梅玉は若い…

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