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邪宗門
じゃしゅうもん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「芥川龍之介全集2」 ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年10月28日
初出「東京日日新聞」1918(大正7)年10~12月
入力者j.utiyama
校正者かとうかおり
公開 / 更新1998-12-07 / 2014-09-17
長さの目安約 82 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

        一

 先頃大殿様御一代中で、一番人目を駭かせた、地獄変の屏風の由来を申し上げましたから、今度は若殿様の御生涯で、たった一度の不思議な出来事を御話し致そうかと存じて居ります。が、その前に一通り、思いもよらない急な御病気で、大殿様が御薨去になった時の事を、あらまし申し上げて置きましょう。
 あれは確か、若殿様の十九の御年だったかと存じます。思いもよらない急な御病気とは云うものの、実はかれこれその半年ばかり前から、御屋形の空へ星が流れますやら、御庭の紅梅が時ならず一度に花を開きますやら、御厩の白馬が一夜の内に黒くなりますやら、御池の水が見る間に干上って、鯉や鮒が泥の中で喘ぎますやら、いろいろ凶い兆がございました。中でも殊に空恐ろしく思われたのは、ある女房の夢枕に、良秀の娘の乗ったような、炎々と火の燃えしきる車が一輛、人面の獣に曳かれながら、天から下りて来たと思いますと、その車の中からやさしい声がして、「大殿様をこれへ御迎え申せ。」と、呼わったそうでございます。その時、その人面の獣が怪しく唸って、頭を上げたのを眺めますと、夢現の暗の中にも、唇ばかりが生々しく赤かったので、思わず金切声をあげながら、その声でやっと我に返りましたが、総身はびっしょり冷汗で、胸さえまるで早鐘をつくように躍っていたとか申しました。でございますから、北の方を始め、私どもまで心を痛めて、御屋形の門々に陰陽師の護符を貼りましたし、有験の法師たちを御召しになって、種々の御祈祷を御上げになりましたが、これも誠に遁れ難い定業ででもございましたろう。
 ある日――それも雪もよいの、底冷がする日の事でございましたが、今出川の大納言様の御屋形から、御帰りになる御車の中で、急に大熱が御発しになり、御帰館遊ばした時分には、もうただ「あた、あた」と仰有るばかり、あまつさえ御身のうちは、一面に気味悪く紫立って、御褥の白綾も焦げるかと思う御気色になりました。元よりその時も御枕もとには、法師、医師、陰陽師などが、皆それぞれに肝胆を砕いて、必死の力を尽しましたが、御熱は益烈しくなって、やがて御床の上まで転び出ていらっしゃると、たちまち別人のような嗄れた御声で、「あおう、身のうちに火がついたわ。この煙りは如何致した。」と、狂おしく御吼りになったまま、僅三時ばかりの間に、何とも申し上げる語もない、無残な御最期でございます。その時の悲しさ、恐ろしさ、勿体なさ――今になって考えましても、蔀に迷っている、護摩の煙と、右往左往に泣き惑っている女房たちの袴の紅とが、あの茫然とした験者や術師たちの姿と一しょに、ありありと眼に浮かんで、かいつまんだ御話を致すのさえ、涙が先に立って仕方がございません。が、そう云う思い出の内でも、あの御年若な若殿様が、少しも取乱した御容子を御見せにならず、ただ、青ざめた御顔を曇らせながら、じっ…

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