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おんな
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「叢書『青踏』の女たち 第10巻『水野仙子集』」 不二出版
1986(昭和61)年4月25日復刻版第1刷
初出「解放」1920(大正9)年5月
入力者小林徹
校正者しず
公開 / 更新1999-06-30 / 2014-09-17
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

『女つてもの位、なんだね、僕等に取つて依體の[#「依體の」はママ]知れないものはないね、利口なんだか馬鹿なんだか、時々正體をつかむに苦しむことがあるよ。さうなるとまるで謎だね……法廷なぞでもなんだよ君、あゝあゝかうと、ちやんと言ひ切つてしまふのは女の證人だよ。男なら、さあはつきり覺がありませんとか、よく分りませんでしたとかいふところを、女は事々明瞭に申したてる、そりや頗る明快なものさ、概してそれは證人の弊だがね、女は殊にさうなんだ。勿論、證言の眞實は保證の限にあらずさ。』
 主人の辯護士は、次のやうな話を語り終つてから、かう結論のやうにつけ加へた。
 それはこんな話であつた。――
 嘗てその辯護士の住んでゐた港の都市から少し離れたところに、戸數一萬ばかりの某の町があつて、そこには聯隊があつた。その聯隊附の中尉――某中尉といふのゝ細君が、ふとしたことから一つの問題を惹き起したのである。
 夫の中尉はちようど當番で勤務中であつた。その夕餉を細君はひとり寂しくちやぶだいの前に坐つた。卓の上には晝からの殘物か何かゞ並べられてあつた。茶盆の上の急須に無心に湯をつぎながら、さらさらと茶漬をしまつて、間もなく細君はひとりゐの淋しさに、早くから戸じまりをして床に就いた。
 一寢入してふと眼覺めた時――一つの床の寂しさと、一人といふ責任がおのづと眼を開けさせたかのやうに――護り疲れたやうな電燈の光が、何かの注意を促すやうに寢起の瞼を刺した。闇といふ無氣味なものにつゝまれるのが恐しさに、わざと捻り殘したその光が、部屋の隅々まで渡つてゐるのに安心した細君の胸に、この時ふとどきりと蟠つたものがあつた。なんとなく胸さわぎを覺えながら、細君は起き上つて隔の襖を開けた。電燈の紐をのばして茶の間のちやぶだいの上を調べて見たが、そこには茶碗や小皿が先刻のまゝ置かれてあるばかりであつた。今月の俸給全部――手に入つたばかりの八十幾圓が、状袋入のまゝ姿が見えない。念のために箪笥や鏡臺の引出、針箱から火鉢の引出から[#「引出から」は底本では「引 から」]、脱ぎすての袂まで調べて見たが無い。
 もとより戸締を破つて人が盜みに入つたとは細君も信じなかつた。それにしては何の怪しいところもない。胸に手を置いて考へて見ると、晝の時にちやぶだいの上に置いたまゝ御飯を喰べたことを覺えてゐる。そしてそれから風呂に行つた――その時風呂に持つて行くのは危險だと考へたことも思ひ出せる。だから確に風呂にも持つて行かなかつた[#「行かなかつた」は底本では「行かなつた」]。それだけは斷定できるけれども、さてそれからの意識がぼんやりしてゐる。そのまゝ置き忘れたやうな、またどこかに一寸入れたやうな……と思ひ迷つた細君の胸に、ふと、
『奧さん、先刻炭屋がまゐりましてね……』と、その出先にはひつて來た差配のおやぢの汚い顏が浮んだ。と同…

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