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虫干し
むしぼし
作品ID610
著者鷹野 つぎ
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆18 夏」 作品社
1984(昭和59)年4月25日
入力者砂場清隆
校正者菅野朋子
公開 / 更新2000-07-28 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 海の南風をうけている浜松の夏は、日盛りでもどこか磯風の通う涼しさがありましたが、夜は海の吐き出す熱気のために、却って蒸暑い時もあるのでした。
 そうした夜は寝床にうすべりを敷き、私たちも大人の真似をしてひとしきり肩に濡手拭をあてて寝む事もあるのでした。けれどそれも八月頃のことで、九月も終り頃からは、朝あけや、夕方の空は、露っぽい蒼さに澄んでくるのでした。
 そのうち日中でも秋の爽やかな風が通う頃になりますと、私の家でも虫干しが始まりました。
 衣類が干される日には、私は小腰をかがめて、吊紐にかけた衣類の下を潜って歩いたりしました。すると樟脳や包袋の香りと一緒に、長らく蔵われていたものの古臭いような、それでいて好もしい、匂いも錯って鼻を打ってくるのでした。母は私にあまり手を触れないようにと注意しながらも、あたりの衣類を指して、思い出話をするのでした。
 私は祖父の古い梨子地の裃というのも見ました。祖母の縫取模様の衣類や帯、父の若い時に着た革羽織というのも見ました。また母の婚礼の時の重衣や、いたことか、黄八丈とか、呉羅とか、唐桟などという古い織物の着物や帯なども教えられて見ました。
 子供たちの七五三の祝着なども干されましたが、そのなかで背中に飾紐のついてる広袖の着物が、私のお宮詣りの日に着たものだと聴かされた時には、自分の憶えのない遠い赤児の頃を思って、ふしぎな気持がしました。
 又吊紐のひとところには緑色の地に金銀や朱色の糸で刺繍した、お角力さんのとそっくりな小型な化粧まわしが吊されていました。
『それはの、大きい兄さんが幼さい時に草角力に出るので拵えたものだよ。よく見てごらん、名前が繍ってあるずら』
『ええ、あるわ』
 私は金糸の撚糸の垂房に触りながら、滝に鯉の繍とりの中に、信太郎と浮き出している字を見つけました。
 そのほかにも母には一つ一つ思出がありそうでしたが、私はたいていのところで、聴くのをやめて外へ遊びに出て了うのでした。
 また別の日には、父の何年ぶりかの所蔵品の虫干もありました。此の日には私は離れの方へ見に行きました。
 刀だの、軸ものだの、文庫にはいっている古い書類だの、そのほか色々な器物が、古道具屋の店みたいに並べてありました。
 上に円い枠のついた三本脚の黒塗の台に、硝子鉢が篏めてありましたが、父はそれを『ギヤマンの金魚鉢』と呼んでいました。
 私は刀に少し触ってみたり、文庫の中をのぞいて見たりするのですが、その中には祖父の句集や、道中記などの半紙綴りのものなどもありました。
 父が此の上もなく大切にしている堆朱の棗というのを覗かしてもらいましたら、それは私のおはじきを納れるによい容器のように思われました。
 なおも私があちこち見廻していましたら、『絵ならおもしろい錦絵がそこにある。それをご覧』と、父は片隅を指してくれました。
 糊で…

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