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牛をつないだ椿の木
うしをつないだつばきのき
作品ID638
著者新美 南吉
文字遣い新字新仮名
底本 「少年少女日本文学館第十五巻 ごんぎつね・夕鶴」 講談社
1986(昭和61)年4月18日
初出「少國民文化」1943(昭和18)年6月
入力者田浦亜矢子
校正者もりみつじゅんじ
公開 / 更新1999-10-25 / 2021-11-03
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 山の中の道のかたわらに、椿の若木がありました。牛曳きの利助さんは、それに牛をつなぎました。
 人力曳きの海蔵さんも、椿の根本へ人力車をおきました。人力車は牛ではないから、つないでおかなくってもよかったのです。
 そこで、利助さんと海蔵さんは、水をのみに山の中にはいってゆきました。道から一町ばかり山にわけいったところに、清くてつめたい清水がいつも湧いていたのであります。
 二人はかわりばんこに、泉のふちの、しだやぜんまいの上に両手をつき、腹ばいになり、つめたい水の匂いをかぎながら、鹿のように水をのみました。はらの中が、ごぼごぼいうほどのみました。
 山の中では、もう春蝉が鳴いていました。
「ああ、あれがもう鳴き出したな。あれをきくと暑くなるて。」
と、海蔵さんが、まんじゅう笠をかむりながらいいました。
「これからまたこの清水を、ゆききのたンびに飲ませてもらうことだて。」
と、利助さんは、水をのんで汗が出たので、手拭いでふきふきいいました。
「もうちと、道に近いとええがのオ。」
と海蔵さんがいいました。
「まったくだて。」
と、利助さんが答えました。ここの水をのんだあとでは、誰でもそんなことを挨拶のようにいいあうのがつねでした。
 二人が椿のところへもどって来ると、そこに自転車をとめて、一人の男の人が立っていました。その頃は自転車が日本にはいって来たばかりのじぶんで、自転車を持っている人は、田舎では旦那衆にきまっていました。
「誰だろう。」
と、利助さんが、おどおどしていいました。
「区長さんかも知れん。」
と、海蔵さんがいいました。そばに来てみると、それはこの附近の土地を持っている、町の年とった地主であることがわかりました。そして、も一つわかったことは、地主がかんかんに怒っていることでした。
「やいやい、この牛は誰の牛だ。」
と、地主は二人をみると、どなりつけました。その牛は利助さんの牛でありました。
「わしの牛だがのイ。」
「てめえの牛? これを見よ。椿の葉をみんな喰ってすっかり坊主にしてしまったに。」
 二人が、牛をつないだ椿の木を見ると、それは自転車をもった地主がいったとおりでありました。若い椿の、柔らかい葉はすっかりむしりとられて、みすぼらしい杖のようなものが立っていただけでした。
 利助さんは、とんだことになったと思って、顔をまっかにしながら、あわてて木から綱をときました。そして申しわけに、牛の首ったまを、手綱でぴしりと打ちました。
 しかし、そんなことぐらいでは、地主はゆるしてくれませんでした。地主は大人の利助さんを、まるで子供を叱るように、さんざん叱りとばしました。そして自転車のサドルをパンパン叩きながら、こういいました。
「さあ、何でもかんでも、もとのように葉をつけてしめせ。」
 これは無理なことでありました。そこで人力曳…

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