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人外魔境
じんがいまきょう
副題03 天母峰
03 ハーモ・サムバ・チョウ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「人外魔境」 角川ホラー文庫、角川書店
1978(昭和53)年6月10日
入力者笠原正純
校正者福地博文
公開 / 更新1999-02-13 / 2014-09-17
長さの目安約 44 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

神踞す「大聖氷」

 わが折竹孫七の六年ぶりの帰朝は、そろそろ、魔境、未踏地の材料も尽きかけて心細くなっていた私にとり、じつに天来の助け舟のようなものであった。では、それほど私を悦ばせる折竹とはいかなる人物かというに、彼は鳥獣採集人としての世界的フリーランサーだ。この商売の名は、海南島の勝俣翁によってはじめて知った方もあろうが、日本はともかく、海外ではなかなかの収入になる。ことに折竹は、西南奥支那の Hsifan territory――すなわち、北雲南、奥四川、青海、北チベットにまたがる、「西域夷蛮地帯」通として至宝視されている男だ。
 たとえば、フィリッピンのカガヤン湖で獲れる世界最小の脊椎動物、全長わずか二分ばかりの蚤沙魚を、北雲南麗江連嶺中の一小湖で発見し、動物分布学に一大疑問を叩きつけたのも彼。さらに、青い背縞のある豺の新種を、まだ外国人のゆかぬ東北チベットの鎖境――剽盗 Hsiancheng 族がはびこる一帯から持ちかえったのも彼だ。そうして今では、西域夷蛮地帯のエキスパートとして名が高い。
 しかし折竹は、どうも採集人というそれだけではないらしい。理学士の彼が教室にとどまらず、とおく海外へながれて西南奥支那へ入りこみ、ほとんどを蛮雨裡に探検隊とともに暮していることは……いかに自然児であり冒険家である彼とはいえ、少々それだけは、首肯しかねる節があるように思われる。
 事実、折竹には[#「折竹には」は底本では「竹折には」]別の一面があるのだ。彼は、外国探検隊員という絶好の名目を利用して、その都度、西南奥支那の秘密測量をやっている。日本が他日、この地方への大飛躍を試みるとき、その根底となる測地の完成が、いま彼の双肩にかかっている。つまり、外国製地図の誤謬をただし、一度も日本人の手で実測が行われていない、この地方の地図を完璧なものにしようとするのだ。
 しかしそれは、忍苦と自己犠牲の精神に富んだ日本人中の日本人、彼折竹を俟ってはじめてなし得ることだ。彼でなければ、誰が事変中の支那奥地へのこのこと乗りこめるだろう。あの海外学会への名声がなければ、誰が外国旗のもとに万全の保護をしてくれるだろう。いま私は、その百万に一人ともいう珍しい男をみている。顔は嶽風と雪焼けで真っ黒に荒れ、頬は多年の苦労にげっそりと削けている。私はなんだか鼻の奥がつうんと痛くなるような気持で、しばらくじぶんの用件をもち出すのも忘れていたほどだ。そこへ、折竹が察したような態度で、
「君は、Lha-mo-Sambha-cho を知っているかね」と訊いた。
「Lha-mo……[#挿絵]」私が、しばらく目を見はったのみでなにも言えなかったほど、それほど、のっけから唖然となるような名前だ。彼が……では、Lha-mo-Sambha-cho へ行ったのか、いやいや、あすこへは決して行けるわけがないと、…

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