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うたかたの記
うたかたのき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「舞姫・うたかたの記 他三篇」 岩波文庫、岩波書店
1981(昭和56)年1月16日
初出「柵草紙」1890(明治23)年8月
入力者よしだひとみ
校正者松永正敏
公開 / 更新2000-07-18 / 2014-09-17
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 幾頭の獅子の挽ける車の上に、勢よく突立ちたる、女神バワリアの像は、先王ルウドヰヒ第一世がこの凱旋門に据ゑさせしなりといふ。その下よりルウドヰヒ町を左に折れたる処に、トリエント産の大理石にて築きおこしたるおほいへあり。これバワリアの首府に名高き見ものなる美術学校なり。校長ピロッチイが名は、をちこちに鳴りひびきて、独逸の国々はいふもさらなり、新希臘、伊太利、[#挿絵]馬などよりも、ここに来りつどへる彫工、画工数を知らず。日課を畢へて後は、学校の向ひなる、「カッフェエ・ミネルワ」といふ店に入りて、珈琲のみ、酒くみかはしなどして、おもひおもひの戯す。こよひも瓦斯燈の光、半ば開きたる窓に映じて、内には笑ひさざめく声聞ゆるをり、かどにきかかりたる二人あり。
 先に立ちたるは、かち色の髪のそそけたるを厭はず、幅広き襟飾斜に結びたるさま、誰が目にも、ところの美術諸生と見ゆるなるべし。立ち住りて、後なる色黒き小男に向ひ、「ここなり」といひて、戸口をあけつ。
 先づ二人が面を撲つはたばこの烟にて、遽に入りたる目には、中なる人をも見わきがたし。日は暮れたれど暑き頃なるに、窓悉くあけ放ちはせで、かかる烟の中に居るも、習となりたるなるべし。「エキステルならずや、いつの間にか帰りし。」「なほ死なでありつるよ。」など口々に呼ぶを聞けば、彼諸生はこの群にて、馴染あるものならむ。その間、あたりなる客は珍らしげに、後につきて入来れる男を見つめたり。見つめらるる人は、座客のなめなるを厭ひてか、暫し眉根に皺寄せたりしが、とばかり思ひかへししにや、僅に笑を帯びて、一座を見度しぬ。
 この人は今着きし汽車にて、ドレスデンより来にければ、茶店のさまの、かしことここと殊なるに目を注ぎぬ。大理石の円卓幾つかあるに、白布掛けたるは、夕餉畢りし迹をまだ片附けざるならむ。裸なる卓に倚れる客の前に据ゑたる土やきの盃あり。盃は円筒形にて、燗徳利四つ五つも併せたる大さなるに、弓なりのとり手つけて、金蓋を蝶番に作りて覆ひたり。客なき卓に珈琲碗置いたるを見れば、みな倒に伏せて、糸底の上に砂糖、幾塊か盛れる小皿載せたるもをかし。
 客はみなりも言葉もさまざまなれど、髪もけづらず、服も整へぬは一様なり。されどあながち卑しくも見えぬは、さすが芸術世界に遊べるからにやあるらむ。中にも際立ちて賑しきは中央なる大卓を占めたる一群なり。よそには男客のみなるに、独ここには少女あり。今エキステルに伴はれて来し人と目を合はせて、互に驚きたる如し。
 来し人はこの群に珍らしき客なればにや。また少女の姿は、初めて逢ひし人を動かすに余あらむ。前庇広く飾なき帽を被ぶりて、年は十七、八ばかりと見ゆる顔ばせ、ヱヌスの古彫像を欺けり。そのふるまひには自ら気高き処ありて、かいなでの人と覚えず。エキステルが隣の卓なる一人の肩を拍ちて、何事をか語ゐたるを…

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