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恐怖城
きょうふじょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「恐怖城 他5編」 春陽文庫、春陽堂書店
1995(平成7)年8月10日
入力者野口英司
校正者Juki
公開 / 更新1999-11-08 / 2014-09-17
長さの目安約 160 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   第一章

       1

 森谷牧場の無蓋二輪の箱馬車は放牧場のコンクリートの門を出ると、高原地帯の新道路を一直線に走っていった。馬車には森谷家の令嬢の紀久子と、その婚約者の松田敬二郎とが乗っていた。松田敬二郎が牧場の用事で真駒内の種畜場へ出かけるのを、令嬢の紀久子が市街地まで送っていくのだった。
 空は孔雀青の色を広げていた。陽は激しくぎらぎらと照りつけていた。路傍の芒が銀のように光っていた。
「眩しいわ」
 紀久子は馬車の上に薄紫色のパラソルを開いた。
「冬服じゃ暑かったかしら?」
「夜になると寒いんですもの」
「暑いのはもう日中だけですね」
 そして、二人はパラソルの下で身近く寄り添った。
「ほいやっ、しっ!」
 馭者は長い鞭を振り上げて馬を追った。馬車はごとごと揺れながら走った。敬二郎と紀久子とはそーっと手を握り合った。
「ほいやっ!」
 馭者は鞭を振り上げ振り上げては、その手を馭者台の横へ持っていった。そこには一梃の猟銃がその銃口をパラソルの下の二人のほうへ向けて、横たえられてあった。猟銃は馬車の動揺につれてひどく躍っていた。
「あら! 奇麗に紅葉しているわ。楓かしら!」
 紀久子はパラソルを窄めながら言った。
「あれは山毛欅じゃないかな? 山毛欅か楡でしょう。楓ならもっと紅くなるから」
 馬車はそして、原生林帯の中へ入っていった。道はそこで一面の落ち葉にうずめられ、もはや一分の地肌をも見せてはいなかった。落ち葉の海! 火の海! 一面の落ち葉は陽に映えて火のように輝いていた。そして、湿っぽい林道の両側には熊笹の藪が高くなり、熊笹の間からは闊葉樹が群立して原生樹林帯はしだいに奥暗くなっていった。暗灰褐色の樹皮が鱗状に剥き出しかけている春楡の幹、水楢、桂の灰色の肌、鵜松明樺、一面に刺のある※木[#「木+忽」、4-1]、栓木、白樺の雪白の肌、馬車は原生闊葉樹の間を午後の陽に輝きながら、ばらばらと散る紅や黄の落ち葉を浴びて、落ち葉の道の上をぼこぼこと転がっていった。
「ほいやっ、しっ!」
 道はその右手に深い渓谷を持ち出して、谷底の椴松林帯はアスファルトのように黒く、その梢の枯枝が白骨のように雨ざれていた。谷の上に伸びた樹木の渋色の幹には真っ赤な蔦が絡んでいたりした。馬車はぎしぎしと鳴り軋みながら、落ち葉の波の上をぼこぼこと沈んでは転がり、浮かんでは転がっていった。
「おいっ! 正勝くん! 鉄砲を持ってきているんだね。危ないじゃないか。弾丸は入っていないのか?」
 馭者台の猟銃に気がついて、敬二郎はそう言いながら猟銃に手を出した。
 瞬間! 猟銃は轟然と鳴り響いた。
「あっ!」
 敬二郎は横に身を躱した。紀久子がその横腹に抱きついた。馬が驚いて跳び上がった。正勝は怪訝そうな顔をして、馭者台から振り返った。
「どどど、ど、どうしたんだ?」
 敬二郎…

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