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錯覚の拷問室
さっかくのごうもんしつ
作品ID722
著者佐左木 俊郎
文字遣い新字新仮名
底本 「恐怖城 他5編」 春陽文庫、春陽堂書店
1995(平成7)年8月10日
入力者大野晋
校正者しず
公開 / 更新1999-06-10 / 2014-09-17
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 集落から六、七町(一町は約一〇九メートル)ほどの丘の中腹に小学校があった。校舎は正方形の敷地の両側を占めていた。北から南に、長い木造の平屋建てだった。
 第七学級の教室はその最北端にあった。背後は丘を切り崩した赤土の崖だった。窓の前は白楊や桜や楓などの植込みになっていた。乱雑に、しかも無闇と植え込んだその落葉樹が、晩春から初秋にかけては真っ暗に茂るのだった。その季節の間はしたがって、教室の中も薄暗かった。そして、すぐその横手裏は便所になっていた。だから、生徒たちはこの教室の付近にはほとんど集まらなかった。いつも運動場の南の隅から湧き起こる生徒の叫びを谺している、薄気味の悪い教室だった。
 受持ちは鈴木という女教員だった。
 鈴木教員は独身で若かった。彼女は優しい半面にいかめしい一面も持っていた。晴天の日の休みの時間中、決して生徒を教室の中に置くようなことはなかった。そして、それは尋常五年の従順な女生徒たちによって容易に実行されたのだった。
 しかし、鈴木教員はなおも忠実に、休業の鐘が鳴ってちょっと教員室に引き揚げていってからすぐまた、自分の受持ち教室の見回りに引き返してくるのが例だった。間のもっとも長い昼食後の休み時間には、わけても忠実にそれを実行するのだった。そして、人けのないがらんとした教室の運動場に面した窓枠に、黒い詰襟の洋服がだらりとかかっているのが始終だった。真ん中から折れて、襟のほうは窓の外に、そして裾のほうが教室の中へ……。
 詰襟のその洋服は吉川訓導のだった。
 吉川訓導は高等科を受け持っていた。甲種の農学校を卒業してから、さらに一か年間県立師範学校の二部へ行って訓導の資格を取ってきたのだった。だから、学科のうちでも農業の講義にはもっとも熱心だった。農業の実習には、わけても忠実に打ち込んでいた。
 農業の実習地は第七学級の教室の裏手に続く畑だった。だから、実習の畑へ行くには鈴木教員の受け持っている教室の前を通らなければならなかった。吉川訓導はここまで来ると、きっと洋服を脱ぐのだった。そして、洋服の襟のところを掴んで窓枠を叩きでもするようにして、ばさりと打ちかけるのだった。
 しかし、吉川訓導が洋服を脱ぎ、脱いだ洋服を窓枠に打ちかけるのは農業の実習のときばかりではなかった。実習を見に行く途中、運動場で生徒たちと一緒に汗を流そうというとき、または体操の時間など、吉川訓導は始終シャツ一枚になるのだった。そして、脱ぐ前には何かを案ずるようにして中のもの検めるのが例だった。それから大急ぎでボタンを外して、その洋服を窓枠に打ちかけるのであった。すると、ポケットはちょうど状差しのような具合に教室の中へ、窓の下の板壁に垂れ下がるのだった。



 鐘が鳴りだした。正午になったことを知らせているのだった。吉川訓導は教科書を閉じた。そして窓外にちょっと…

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