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手品
てじな
作品ID725
著者佐左木 俊郎
文字遣い新字新仮名
底本 「佐左木俊郎選集」 英宝社
1984(昭和59)年4月14日
入力者大野晋
校正者湯地光弘
公開 / 更新1999-12-06 / 2014-09-17
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   口上

 雪深い東北の山襞の中の村落にも、正月は福寿草のように、何かしら明るい影を持って終始する。貧しい生活ながら、季節の行事としての、古風な慣習を伝えて、そこに僅かに明るい光の射すのを待ち望んでいるのである。併し、これらの古風な伝習も、そんなにもう長くは続かないであろう。
 それらの古風な慣習の一つに「チャセゴ」というのがある。正月の十五日の晩には、吹雪でない限り子供は子供達で、また大人は大人達で、チャセゴに廻る。子供達は、宵のうちから、一団の群雀のように、部落内の軒から軒を(アキの方からチャセゴに参った。)と怒鳴って廻るのだが、すると、家の中から(何を持って参った?)と聞き返すのである。子供達はそこで(銭と金とザクザクと持って参った。)と一斉に呼び返す。そこで、二切ればかりずつの餅が、子供達各自の手に恵まれるのである。
 大人達のチャセゴは、軒々を一軒ごとに廻るのではなく、部落内の、または隣部落の地主とか素封家とかの歳祝いの家を目がけて蝟集するのであった。それも、ただ(アキの方からチャセゴに参った。)というばかりでは無く、何かと趣向を凝らして行くのである。歳祝いをする家でも生活が裕なだけに、膳部を賑やかにして、村人達が七福神とか、春駒とか、高砂とかと、趣向を凝らして、チャセゴに来てくれるのを待っているのである。

     一

 子供達が飛び出して行ってしまうと、薄暗い電燈の下は、急にひっそりして来た。
「チャセゴの餓鬼どもが来んべから、早くはあ寝るべかな。」
 妻のおきんは榾火を突つきながら言った。
「馬鹿なっ! そんなことは出来るもんでねえ。我家の餓鬼どもだって行ってるんじゃねえか。」
 万は口を尖げるようにして焼け焦げだらけの炉縁へ、煙管を叩きつけるようにしていった。
 瞬間、急に戸外が騒々しくなってきて、無数の小さな地響きが戸口を目掛けて雑踏して来た。万夫婦は、思わず戸口の方へ眼をやった。戸口では急に縺れ合いが始まり、板戸がコトリと鳴って月の出前の薄暗を五、六寸ばかり展げられた。
「アキの方からチャセゴに参った。」
 引き明けた戸口から、石でも投げ付けるように、小さな声が一斉に叫び立てた。万夫婦は吃驚して声も出なかった。子供達の叫び声は続いた。
「アキの方からチャセゴに参った。」
「何を持って参った?」
「銭と金とザクザク持って参った。」
 子供達はまたも声を揃えて叫び返した。
「そうかそうか。銭と金とザクザクと持って参ったか。そりゃあ目出たいことだ。這入れ這入れ。お祝いするから、こっちさ這入れ。」
 万は夢からでも醒めたようにして、幾分周章気味に言った。子供達は我先と、小突き合いながら、潮のように雪崩込んで来た。しかし、その一団の先に立っているのは、万の長男だった。次男も三男も混じっていた。
「なあんだ兵吉じゃねえか。仁助も三吉もか。馬…

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