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指と指環
ゆびとゆびわ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「佐左木俊郎選集」 英宝社
1984(昭和59)年4月14日
入力者大野晋
校正者湯地光弘
公開 / 更新1999-12-06 / 2014-09-17
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 銀座裏のカッフェ・クジャクの内部はまだ客脚が少なく、閑散を極めていた。
 彼は、焦茶色の外套の襟で頤を隠して、鳶色のソフトを眼深に引き下げていた。そして、室の中を一渡り見渡してから、彼は隅のテーブルへ行って身体を投げ出した。
「いらっしゃいまし。何になさいますか?」
 すぐと女給が寄って来て言った。
「うむ。何にしようかな?……」
 彼は言いながら女給の手の指を視詰めた。蒼々しく痩せた細い魅力の無い指だった。
「まあ、なんでもいいよ。」
「でも……」
 鉛筆で伝票を敲きながら女給は微笑んだ。
「じゃ、カクテルをもらおう。」
 彼はテーブルの外に両肘を立ててソフトの外から頭を抱き込むようにした。突き立てた両腕の間から、疲れた者の表情の中に黒い大きな眼が、何かを探るように光っていた。
 彼は今日も一日中、女の綺麗な指を探して廻ったのだった。東京中のあらゆる階級の女の、あらゆる指を、彼は片っ端から見て来たのだった。省線電車の中に並んだ女達が慎ましく膝の上に揃えた指、乗合自動車の吊り革を掴む女達の指。市内電車の中で手持ち無沙汰に乗車券を弄ぶ女達の指。百貨店の女店員達の忙しく動いている指。赤黒い指、短い指。骨張った指。彼は街上で行き合う女達の指さえも見逃さなかった。しかし彼はそのたびに落胆を繰り返させられるばかりだった。そして最後に彼は、女給の中に綺麗な指を探ろうとしてここに来たのだった。
「お待ち遠うさま。」
 他の女給がカクテルを運んで来た。彼はそれを受け取らずにその女給の指に眼を注いだ。半透明なほど鈍白い丸味を帯びた指だった。
「君は、綺麗な指をしてるね。ちょっと!」
 彼は左の手を握った。右手ではチョッキの内ポケットに指環を探った。
「私の手なんか駄目ですわ。節が高くて……」
「いや、ちょっと!」
 彼はそう言いながら彼女の指に指環を嵌めてみた。併し指環は固くてどうしても嵌まらなかった。
「どうなさるんです?」
 彼女は彼の顔を怪訝そうに視詰めた。
「やっぱり君の指も、駄目だね。綺麗は綺麗だが……」
 彼は彼女の手を投げ出すようにした。彼女の指は、節が高いばかりでなく、彼の理想と合致するためにはあまりに短かった。
「駄目ですわ。私の指は節が高くて。」
「少し短いね。もう少し細くて長いと、この指環を嵌めてやるんだが……それに爪が……」
 彼は眉を寄せるようにしながら、掌の中に指環を振り転がした。
「まあ! そんな立派な指環を? そんな綺麗な……」
「指環が立派過ぎると、結局、立派な指というものが無くなるんだ。馬鹿馬鹿しい。」
「ここに一人、綺麗な指の人がいるわ。そりゃ、とても素敵な指よ。もう少しすると来るわ。」
「よし! その人が来たら会わしてくれ。本当に綺麗な指をしていたら、この指環を上げよう。どうせ綺麗な指に嵌めてやろうと思って買って来た指環なのだから………

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