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雪中富士登山記
せっちゅうふじとざんき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「山岳紀行文集 日本アルプス」 岩波文庫、岩波書店
1992(平成4)年7月16日
入力者大野晋
校正者地田尚
公開 / 更新1999-09-20 / 2014-09-17
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

      一

 今朝は寒いと思うとき、わが家の背後なる山王台に立って、遥かに西の方を見渡すと、昨夜の風が砥ぎ澄まして行った、碧く冴えた虚空の下には、丹沢山脈の大山一帯が、平屋根の家並のように、びったり凍かんで一と塊に圧しつけられている。その背後から陶器の盃でも伏せたように、透き徹っているのは、言うまでもなく富士の山だ。思いがけなく頭の上が、二、三寸ほど、大根卸しでも注いだように、白くなっている。山の新雪! 下界では未だ霜が結んだという噂も聞かないのに、天上の高寒に、早くも洗礼を受けて、甦ったように新しくなった山を見ると、水を浴びせられたように慄となる。
 三日四日と経つうちに、山の頭は喰い欠かれたように、うす霞に融けて見えることもあるが、白さは次第に劃然と、碧い空から抜け出るようになり、山の肌はいよいよ光輝を帯びて来る。冬が来た、冬が来た、木はその葉を振い、飛ぶ禽も翼を縮めるべき冬が来たのだ。その冬の先駆なる高嶺の雪!
 自然は富士山という一つの題材を、幾十百部に切り刻んで、相模野からかけて、武蔵野辺に住む人たちに朝となく、夕となく、種々の相を示してくれる。その中にも山頂に落ちた白雪は、私の神経を刺戟することにおいて、幾百反歩の雑木林の動揺と、叫喚とにも、勝っている。
 その新雪光る富士山の巓を、私が踏んだのは、去四十年十月の末であった。

      二

「十月二十六日夜九時、御殿場富士屋へ着、寒暖計五十六度、曇天、温に過ぐ、明日の天候を気遣うこと甚だし。」
と日記に書いてある。
 頼んで置いたので、翌くる朝午前二時に起してくれたが、大裾野は鼻を摘まれても解らないほど、闇黒がどこまでも拡がっているので、少なからず頭を悩ました。しかし案内の剛力(名を勝又琴次郎という)が、今まで幾回も登山したが、頂上へ登らずに、下山したのは、ただの一度しかないと「山運の好い男」を誇っているのが、何だか便りのようにも思われて、私と弟とは、その男に先導されて、闇の中を、行けるところまで行くことにした。
 焼砂が足の指先に、ザクザク障るので、闇の中でも裾野を歩くという意識があるだけだ。町外れから、曲り拗ねった路や、立木の暗い下を迂路ついて、与平治茶屋まで来た。ここで水を飲もうとすると、犬が盛に吠える、「誰だあ、やい」戸の中から寝ぼけ声が聞える。勝又が名を言うと「山けえ」と老人らしい声がしたがそのまま寂ッそりとする。「御馳走さまで」と、案内者は水の礼を述べて、いよいよ裾野の中へ入る。
 白い吹雪が大原の中を、点々と飛ぶ、大きく畝ねる波系が、白くざわざわと、金剛杖に掻き分けられて、裾に靡く、吹雪は野菊の花で、波系は芒の穂である。悪い雲が低く傾いて、その欠け間から月を見せる、立木の腹が、夜光の菌でもあるように、ボーツと白く明るくなった。
 知らぬ間に、爪先上りとなって、馬返しまで着…

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