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草木塔
そうもくとう
作品ID749
著者種田 山頭火
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 95 現代句集」 筑摩書房
1973(昭和48)年9月25日
入力者j.utiyama
校正者浜野智
公開 / 更新1998-04-10 / 2014-09-16
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

若うして死をいそぎたまへる
母上の霊前に
本書を供へまつる


   鉢の子


大正十四年二月、いよいよ出家得度して、肥後の片田舎なる味取観音堂守となつたが、それはまことに山林独住の、しづかといへばしづかな、さびしいと思へばさびしい生活であつた。

松はみな枝垂れて南無観世音

松風に明け暮れの鐘撞いて

ひさしぶりに掃く垣根の花が咲いてゐる

大正十五年四月、解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出た。

分け入つても分け入つても青い山

しとどに濡れてこれは道しるべの石

炎天をいただいて乞ひ歩く

     放哉居士の作に和して

鴉啼いてわたしも一人

生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり(修証義)

生死の中の雪ふりしきる

木の葉散る歩きつめる

昭和二年三年、或は山陽道、或は山陰道、或は四国九州をあてもなくさまよふ。

踏みわける萩よすすきよ

この旅、果もない旅のつくつくぼうし

へうへうとして水を味ふ

落ちかかる月を観てゐるに一人

ひとりで蚊にくはれてゐる

投げだしてまだ陽のある脚

山の奥から繭負うて来た

笠にとんぼをとまらせてあるく

歩きつづける彼岸花咲きつづける

まつすぐな道でさみしい

だまつて今日の草鞋穿く

ほろほろ酔うて木の葉ふる

しぐるるや死なないでゐる

張りかへた障子のなかの一人

水に影ある旅人である

雪がふるふる雪見てをれば

しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

食べるだけはいただいた雨となり

木の芽草の芽あるきつづける

生き残つたからだ掻いてゐる

昭和四年も五年もまた歩きつづけるより外なかつた。あなたこなたと九州地方を流浪したことである。

わかれきてつくつくぼうし

また見ることもない山が遠ざかる

こほろぎに鳴かれてばかり

れいろうとして水鳥はつるむ

百舌鳥啼いて身の捨てどころなし

どうしようもないわたしが歩いてゐる

涸れきつた川を渡る

ぶらさがつてゐる烏瓜は二つ

     大観峰

すすきのひかりさえぎるものなし

分け入れば水音

すべつてころんで山がひつそり

     昧々居

雨の山茶花の散るでもなく

しきりに落ちる大きい葉かな

けさもよい日の星一つ

すつかり枯れて豆となつてゐる

つかれた脚へとんぼとまつた

枯山飲むほどの水はありて

捨てきれない荷物のおもさまへうしろ

法衣こんなにやぶれて草の実

旅のかきおき書きかへておく

岩かげまさしく水が湧いてゐる

あの雲がおとした雨にぬれてゐる

ここに白髪を剃り落して去る

秋となつた雑草にすわる

こんなにうまい水があふれてゐる

年とれば故郷こひしいつくつくぼうし

岩が岩に薊咲かせてゐる

それでよろしい落葉を掃く

水音といつしよに里へ下りて来た

しみじみ食べる飯ばかりの飯である

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