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悲しめる心
かなしめるこころ
作品ID7907
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十九巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年12月25日初版
初出「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-10-24 / 2014-09-21
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

          我が妹の 亡き御霊の 御前に

 只一人の妹に先立たれた姉の心はその両親にも勝るほど悲しいものである。
 手を引いてやるものもない路を幼い身ではてしなく長い旅路についた妹の身を思えば涙は自ずと頬を下るのである。
 今私の手元に残るものとては白木の御霊代に書かれた其名と夕べ夕べに被われた夜のものと小さい着物と少しばかり――それもこわれかかった玩具ばかりである。
 柩を送ってから十三日静かな夜の最中に此の短かいながら私には堪えられないほどの悲しみの生んだ文を書き上げた。
 これを私は私のどこかの身にそって居る我が妹の魂に捧げる。
 仕立て上げて手も通さずにある赤い着物を見るにつけ桃色の小夜着を見るにつけて歎く姉の心をせめて万が一なりと知って呉れたら切ない思い出にふける時のまぼろしになり夢になり只一言でも私のこの沈み勝な心を軽く優しくあの手さな手で撫でても呉れる事だろう。
 あの細い腕を私の首に巻いて自分の胸にあの時の様に抱きしめても呉れるだろう。
 はかないその日のうれしさを今か今かと涙ながらに待ちながら――
  大正三年九月二十六日
こよなく尊き 宝失える 哀れなる姉
  小霧降り虫声わびて
    我が心悲しめる
      夜の最中

        (一)

 私は丁度その頃かなりの大病をした後だったので福島の祖母の家へ行って居た。
 貧しいそいで居て働く事のきらいな眠った様なその村の単調な生活に少しあきて来かかった十日目の夜思いがけず東京から妹が悪いと云う電報を得た。
 ふだん丈夫な児の事ではあるし前々日に出した手紙に一言も病気については云ってないので祖母はどうしても信じなかった。その二日ほど前から女中が病気で実家に行って居たので私がなりかわって水仕事やふき掃除をして最初の日に二箇所の傷を作った。
 働くのが辛いからそう云っちやって電報を打つ様にさせたんだろうなどと祖母が云ったりした。
 もう三日ほどしたらと思って居たのを急に早めて翌日の一番で立つ事にした。
「お前が行ったって死ぬものははあ死ぬべーっちぇ。
 いろいろに引きとめるのをきかないで私は手廻りのものを片づけたり、ぬいだまんま衣桁になんかかけて置いた浴衣をソソクサとたたんだりした。
 たえず心をおそって来る静かな不安と恐れとがどんな事でも落ついてする事の出来ない気持にさせた。
 眼の裏が熱い様で居て涙もこぼれず動悸ばっかりがいつも何かに動かされた時と同じに速くハッキリと打って声はすっかりかすれた様になって仕舞った。
 指の先まで鼓動が伝わって来る様で旅費のお札をくる時意くじなくブルブルとした。
 今頃私が立つ様になろうとは思って居なかった祖母は私に下さるお金をくずしにすぐそばの郵便局まで行って下すった。
 四角い電燈の様なもののささやかな灯影が淋しい露のじめじめした里道をゆ…

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