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小さい子供
ちいさいこども
作品ID7932
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十九巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年12月25日
初出「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-07-05 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 小寒に入った等とは到底思われない程穏かな好い日なので珍らしく一番小さい弟を連れて植物園へ行って見ました。
 風が大嫌いで、どんな土砂降りでもまだ雨の方が好いと云って居る程の私なので今日の鎮まった柔かな日差しがそよりともしずに流れて居るのがどの位嬉しいか知れなかったのです。
 植物園とさえ云えばいつも思い出す多勢の画板を持った人達とそこいら中にだらしなく紙だの果物の皮等を取り乱して食べては騒ぎ、騒いではつめ込んで居る子供と、彼等と同じ様な大人は、冬枯れて見る花もない今日等はちっとも来て居ないので、彼の広い内が何処にも人影の見えない程に静かでした。
 広い緩い勾配の坂を上りながら小さい弟は不思議な顔をしながら、
「今日は何故此那に人が居ないの。
と云います。
 後にも先にもたった二人自分達丈が歩いて居る事が頼り無い様に思われたのでしょう。
 ほんとにいつもいつも此処へ来る時はきっと走り廻る事の面白い身軽な兄や書生と一緒で少くも四五人の者が高声で喋ったり笑ったりして来るのに馴れて居ますから機嫌よく仕ながらも左様兄達の様に騒がない私と二つ限りの影坊子を淋しがったのは無理も有りません。
「又彼のお婆さんの所へ腰かけて行きましょう。
等と話しながら、温室の前に出ると黄ばんだ芝生の何とも云えず落着きのある色と確かな常磐木の緑、気持の好い縞目を作って其の影を落して居る裸の木の枝々の連り等が、かなり長い間此那所へ来ないで居た私の目に喫驚する位嬉しく写りました。
 私に手を引かれて立ち止まって大きい目をクルクルさせて四辺を眺めて居た彼は如何にも感に堪えない様な調子で、
随分静かだいね、
悪戯っ子も居ないで好い。
と云った顔には明かに今まで一度も見た事のない非常に人気なく拡がった景色に対する驚異の興奮が現われて居ました。
 まるで見覚えのない始めての世界へ連れ出された様な気持で、何か変の有った時にはまだ年の若い腕力の弱い姉一人を保護者として置いては不安だと云う様な事をぼんやりとながら思って居たものと見えてしきりに、
「悪戯っ子が居ないで好い。
と云う言葉を繰返して居ました。
 彼の温室の前の方へ立ってズーッと彼方を見渡すと、多勢の人が歩き廻って居る時には左程にも思いませんけれ共、木の梢も痩せ草も末枯れて居ておまけに人っ子一人居ないのですからもうそりゃあそりゃあ広くはるかに見えます。
 私でさえ一種の緊張を感じた程です。
 私共は休所のお婆さんに会う事を楽しみにして居ました。
 行って見ますと、寒くは有るし正月では有るしと云うので店を閉めて、よくお茶等を飲んだ床几なども足を外に向けて高い所に吊りあげて仕舞ってありました。失望は仕ましたものの、前に幾度もお煎餅を食べたりした所だと云う事は少なからず弟の気を引き立てて却って静かな人の居ないのが嬉しいと云う様な気を起させました。
 私は…

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