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二月七日
にがつなのか
作品ID7933
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十九巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年12月25日
初出「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-07-05 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 彼女は耳元で激しく泣き立てる小さい妹の声で夢も見ない様な深い眠りから、丁度玉葱の皮を剥く様に、一皮ずつ同じ厚さで目覚まされて行きました。
 習慣的に夜着から手を出して赤い掛布団の上をホトホトと叩きつけてやりながらも、ぬくもい気持で持ち上げた頭をフラフラと夢心地で揺り未だ寝て居たい気持と、皆困って居るのだからもう起きてやりましょうと思う心とが罪のない争闘を起し始めたのを感じて居ました。
 自分が寝せつけられて居る様な音調で彼女は子守唄を唄いました。
お家の可愛いお宝ちゃん
お寝み遊ばせお静かに……!
 彼女がその時々勝手な言葉をつけて細い声で唄う歌は暫くの間子供を静かにさせましたけれ共、その次ほんとうに火の付いた様に「イヤー」と云いながら上げた泣き声はすっかり合おう合おうとして居た瞼を見開かせて彼女は五つ六つの子の様に手の甲で目をこすりこすりベルを鳴らして女中を呼びました。
「おやおっきでございますか寿江子様。
 女は愛素よく子供の足元にある乳を暖めてやりながら、雪が積る程降って居る事、英男の工合の大変好い事を告げて、
「お嬢様もっとお寝みなさいませよ、
 まだ九時でございます。
と云います。
 生返事をしながら彼女は足の踵がどことなし痛い事、頭の奥がはっきりしない事を思って居ました。
 今年九つになって可愛い利口な弟の英男はこの月始めから高い熱を出して床に就いて居るのです。
 肺炎だろうと云う人もありインフルエンザだと云う人もあるのですけれ共臆病になって居る家の者達は、皆それ等の病名に安心しないので――そうではないと思って居たいので――一週間高熱の続いた事は何病とは明かに云われて居ないのです。
 熱の高低が激しくて看護婦のつける温度表には随分激しい山がたが描かれて居るので彼女と両親は夜も寝ないで心配を仕つづけて来ました。
 大柄だと云ってもまだやっと満七つと幾月と云う体なのですものそこへ三つも氷嚢をあてて胸に大きな湿布を巻き付けられながら西洋人の様に聰明らしく大きな目で白い壁の天井をマジマジと眺め、
「お母様、顔があつい、
 病気してつまらないわねえ。
等と心から淋しそうに云って居るのを見ると、幾分の甘えと我儘の含まれて居る事は分って居るのですけれ共可哀そうがらずには居られなく成りました。
 彼女にはこの病児にどれ位母親が頼りであり輝きであるかと云う事はよく分って居ました。
 平常から非常に母に対して情深い子で、人混みの中や等に出ると、その小さい手と足で自分の至大な母に迫って来る乱暴者をつけのけ様とし、顔を赤くし、小さい唇を噛いしばって、自分の力の充分でない事を悲しみながら尊い努力を仕つづけるのです。
 自分より幾倍かの容積と重量の母を外出の時はきっと保護し迫害者を追いしりぞかすべき騎士の役をつとめるのでした。
 彼は自分の母親の普通に立ちまさった外形と頭…

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