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煙管
きせる
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「芥川龍之介全集1」 ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年9月24日
初出「新小説」1916(大正5)年11月
入力者j.utiyama
校正者もりみつじゅんじ
公開 / 更新1998-11-11 / 2014-09-17
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

        一

 加州石川郡金沢城の城主、前田斉広は、参覲中、江戸城の本丸へ登城する毎に、必ず愛用の煙管を持って行った。当時有名な煙管商、住吉屋七兵衛の手に成った、金無垢地に、剣梅鉢の紋ぢらしと云う、数寄を凝らした煙管である。
 前田家は、幕府の制度によると、五世、加賀守綱紀以来、大廊下詰で、席次は、世々尾紀水三家の次を占めている。勿論、裕福な事も、当時の大小名の中で、肩を比べる者は、ほとんど、一人もない。だから、その当主たる斉広が、金無垢の煙管を持つと云う事は、寧ろ身分相当の装飾品を持つのに過ぎないのである。
 しかし斉広は、その煙管を持っている事を甚だ、得意に感じていた。もっとも断って置くが、彼の得意は決して、煙管そのものを、どんな意味ででも、愛翫したからではない。彼はそう云う煙管を日常口にし得る彼自身の勢力が、他の諸侯に比して、優越な所以を悦んだのである。つまり、彼は、加州百万石が金無垢の煙管になって、どこへでも、持って行けるのが、得意だった――と云っても差支えない。
 そう云う次第だから、斉広は、登城している間中、殆どその煙管を離した事がない。人と話しをしている時は勿論、独りでいる時でも、彼はそれを懐中から出して、鷹揚に口に啣えながら、長崎煙草か何かの匂いの高い煙りを、必ず悠々とくゆらせている。
 勿論この得意な心もちは、煙管なり、それによって代表される百万石なりを、人に見せびらかすほど、増長慢な性質のものではなかったかも知れない。が、彼自身が見せびらかさないまでも、殿中の注意は、明かに、その煙管に集注されている観があった。そうして、その集注されていると云う事を意識するのが斉広にとっては、かなり愉快な感じを与えた。――現に彼には、同席の大名に、あまりお煙管が見事だからちょいと拝見させて頂きたいと、云われた後では、のみなれた煙草の煙までがいつもより、一層快く、舌を刺戟するような気さえ、したのである。

        二

 斉広の持っている、金無垢の煙管に、眼を駭かした連中の中で、最もそれを話題にする事を好んだのは所謂、お坊主の階級である。彼等はよるとさわると、鼻をつき合せて、この「加賀の煙管」を材料に得意の饒舌を闘わせた。
「さすがは、大名道具だて。」
「同じ道具でも、ああ云う物は、つぶしが利きやす。」
「質に置いたら、何両貸す事かの。」
「貴公じゃあるまいし、誰が質になんぞ、置くものか。」
 ざっと、こんな調子である。
 するとある日、彼等の五六人が、円い頭をならべて、一服やりながら、例の如く煙管の噂をしていると、そこへ、偶然、御数寄屋坊主の河内山宗俊が、やって来た。――後年「天保六歌仙」の中の、主な rol[#挿絵]をつとめる事になった男である。
「ふんまた煙管か。」
 河内山は、一座の坊主を、尻眼にかけて、空嘯いた。
「彫と云い、地金と…

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