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悲しき玩具
かなしきがんぐ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本文学全集12 国木田独歩・石川啄木集」 集英社
1967(昭和42)年9月7日
初出「悲しき玩具」東雲堂書店、1912(明治45)年6月20日
入力者j.utiyama
校正者浜野智
公開 / 更新1998-08-03 / 2016-04-26
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

呼吸すれば、
胸の中にて鳴る音あり。
 凩よりもさびしきその音!

眼閉づれど、
心にうかぶ何もなし。
 さびしくも、また、眼をあけるかな。

途中にてふと気が変り、
つとめ先を休みて、今日も、
河岸をさまよへり。

咽喉がかわき、
まだ起きてゐる果物屋を探しに行きぬ。
秋の夜ふけに。

遊びに出て子供かへらず、
取り出して
走らせて見る玩具の機関車。

本を買ひたし、本を買ひたしと、
あてつけのつもりではなけれど、
妻に言ひてみる。

旅を思ふ夫の心!
叱り、泣く、妻子の心!
朝の食卓!

家を出て五町ばかりは、
用のある人のごとくに
歩いてみたれど――

痛む歯をおさへつつ、
日が赤赤と、
冬の靄の中にのぼるを見たり。

いつまでも歩いてゐねばならぬごとき
思ひ湧き来ぬ、
深夜の町町。

なつかしき冬の朝かな。
湯をのめば、
湯気がやはらかに、顔にかかれり。

何となく、
今朝は少しく、わが心明るきごとし。
手の爪を切る。

うっとりと
本の挿絵に眺め入り、
煙草の煙吹きかけてみる。

途中にて乗換の電車なくなりしに、
泣かうかと思ひき。
雨も降りてゐき。

二晩おきに、
夜の一時頃に切通の坂を上りしも――
勤めなればかな。

しっとりと
酒のかをりにひたりたる
脳の重みを感じて帰る。

今日もまた酒のめるかな!
酒のめば
胸のむかつく癖を知りつつ。

何事か今我つぶやけり。
かく思ひ、
目をうちつぶり、酔ひを味ふ。

すっきりと酔ひのさめたる心地よさよ!
夜中に起きて、
墨を磨るかな。

真夜中の出窓に出でて、
欄干の霜に
手先を冷やしけるかな。

どうなりと勝手になれといふごとき
わがこのごろを
ひとり恐るる。

手も足もはなればなれにあるごとき
ものうき寝覚!
かなしき寝覚!

朝な朝な
撫でてかなしむ、
下にして寝た方の腿のかろきしびれを。

曠野ゆく汽車のごとくに、
このなやみ、
ときどき我の心を通る。

みすぼらしき郷里の新聞ひろげつつ、
誤植ひろへり。
今朝のかなしみ。

誰か我を
思ふ存分叱りつくる人あれと思ふ。
何の心ぞ。

何がなく
初恋人のおくつきに詣づるごとし。
郊外に来ぬ。

なつかしき
故郷にかへる思ひあり、
久し振りにて汽車に乗りしに。

新しき明日の来るを信ずといふ
自分の言葉に
嘘はなけれど――

考へれば、
ほんとに欲しと思ふこと有るやうで無し。
煙管をみがく。

今日ひょいと山が恋しくて
山に来ぬ。
去年腰掛けし石をさがすかな。

朝寝して新聞読む間なかりしを
負債のごとく
今日も感ずる。

よごれたる手をみる――
ちゃうど
この頃の自分の心に対ふがごとし。

よごれたる手を洗ひし時の
かすかなる満足が
今日の満足なりき。

年明けてゆるめる心!
うっとりと
来し方をすべて忘れしごとし。

昨日まで朝から晩まで張りつ…

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