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突貫紀行
とっかんきこう
作品ID830
著者幸田 露伴
文字遣い新字新仮名
底本 「ちくま日本文学全集 幸田露伴」 筑摩書房
1992(平成4)年3月20日
入力者真先芳秋
校正者丹羽倫子
公開 / 更新1998-09-16 / 2014-09-17
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 身には疾あり、胸には愁あり、悪因縁は逐えども去らず、未来に楽しき到着点の認めらるるなく、目前に痛き刺激物あり、慾あれども銭なく、望みあれども縁遠し、よし突貫してこの逆境を出でむと決したり。五六枚の衣を売り、一行李の書を典し、我を愛する人二三にのみ別をつげて忽然出発す。時まさに明治二十年八月二十五日午前九時なり。桃内を過ぐる頃、馬上にて、
  
きていたるものまで脱いで売りはてぬ
   いで試みむはだか道中

 小樽に名高きキトに宿りて、夜涼に乗じ市街を散歩するに、七夕祭とやらにて人々おのおの自己が故郷の風に従い、さまざまの形なしたる大行燈小行燈に火を点じ歌い囃して巷閭を引廻わせり。町幅一杯ともいうべき竜宮城に擬したる大燈籠の中に幾十の火を点ぜるものなど、火光美しく透きて殊に目ざましく鮮やかなりし。
 二十六日、枝幸丸というに乗りて薄暮岩内港に着きぬ。この港はかつて騎馬にて一遊せし地なれば、我が思う人はありやなしや、我が面を知れる人もあるなれど、海上煙り罩めて浪もおだやかならず、夜の闇きもたよりあしければ、船に留まることとして上陸せず。都鳥に似たる「ごめ」という水禽のみ、黒み行く浪の上に暮れ残りて白く見ゆるに、都鳥も忍ばしく、父母すみたもう方、ふりすてて来し方もさすがに思わざるにはあらず。海気は衣を撲って眠り美ならず、夢魂半夜誰が家をか遶りき。
 二十七日正午、舟岩内を発し、午後五時寿都という港に着きぬ。此地はこのあたりにての泊舟の地なれど、地形妙ならず、市街も物淋しく見ゆ。また夜泊す。
 二十七日の夜ともいうべき二十八日の夙くに出港せしが、浪風あらく雲乱れて、後には雨さえ加わりたり。福山すなわち松前と往時は云いし城下に暫時碇泊しけるに、北海道には珍らしくもさすがは旧城下だけありて白壁づくりの家など眸に入る。此地には長寿の人他処に比べて多く、女も此地生れなるは品よくして色麗わしく、心ざま言葉つきも優しき方なるが多きよし、気候水土の美なればなるべし。上陸して逍遥したきは山々なれど雨に妨げられて舟を出でず。やがてまた吹き来し強き順風に乗じて船此地を発し、暮るる頃函館に着き、直ちに上陸してこの港のキトに宿りぬ。建築半ばなれども室広く器物清くして待遇あしからず、いと心地よし。
 二十九日、市中を散歩するにわずか二年余見ざりしうちに、著しく家列びもよく道路も美しくなり、大町末広町なんどおさおさ東京にも劣るべからず。公園のみは寒気強きところなれば樹木の勢いもよからで、山水の眺めはありながら何となく飽かぬ心地すれど、一切の便利は備わりありて商家の繁盛云うばかり無し。客窓の徒然を慰むるよすがにもと眼にあたりしままジグビー、グランドを、文魁堂とやら云える舗にて購うて帰りぬ。午後、我がせし狼藉の行為のため、憚る筋の人に捕えられてさまざまに説諭を加えられたり。されどもいささか思い…

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