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二人小町
ふたりこまち
作品ID86
著者芥川 竜之介
文字遣い新字新仮名
底本 「芥川龍之介全集5」 ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日
初出「サンデー毎日」1923(大正12)年3月
入力者j.utiyama
校正者かとうかおり
公開 / 更新1999-01-10 / 2014-09-17
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        一

 小野の小町、几帳の陰に草紙を読んでいる。そこへ突然黄泉の使が現れる。黄泉の使は色の黒い若者。しかも耳は兎の耳である。
 小町 (驚きながら)誰です、あなたは?
 使 黄泉の使です。
 小町 黄泉の使! ではもうわたしは死ぬのですか? もうこの世にはいられないのですか? まあ、少し待って下さい。わたしはまだ二十一です。まだ美しい盛りなのです。どうか命は助けて下さい。
 使 いけません。わたしは一天万乗の君でも容赦しない使なのです。
 小町 あなたは情を知らないのですか? わたしが今死んで御覧なさい。深草の少将はどうするでしょう? わたしは少将と約束しました。天に在っては比翼の鳥、地に在っては連理の枝、――ああ、あの約束を思うだけでも、わたしの胸は張り裂けるようです。少将はわたしの死んだことを聞けば、きっと歎き死に死んでしまうでしょう。
 使 (つまらなそうに)歎き死が出来れば仕合せです。とにかく一度は恋されたのですから、……しかしそんなことはどうでもよろしい。さあ地獄へお伴しましょう。
 小町 いけません。いけません。あなたはまだ知らないのですか? わたしはただの体ではありません。もう少将の胤を宿しているのです。わたしが今死ぬとすれば、子供も、――可愛いわたしの子供も一しょに死ななければなりません。(泣きながら)あなたはそれでも好いと云うのですか? 闇から闇へ子供をやっても、かまわないと云うのですか?
 使 (ひるみながら)それはお子さんにはお気の毒です。しかし閻魔王の命令ですから、どうか一しょに来て下さい。何、地獄も考えるほど、悪いところではありません。昔から名高い美人や才子はたいてい地獄へ行っています。
 小町 あなたは鬼です。羅刹です。わたしが死ねば少将も死にます。少将の胤の子供も死にます。三人ともみんな死んでしまいます。いえ、そればかりではありません。年とったわたしの父や母もきっと一しょに死んでしまいます。(一層泣き声を立てながら)わたしは黄泉の使でも、もう少し優しいと思っていました。
 使 (迷惑そうに)わたしはお助け申したいのですが、……
 小町 (生き返ったように顔を上げながら)ではどうか助けて下さい。五年でも十年でもかまいません。どうかわたしの寿命を延ばして下さい。たった五年、たった十年、――子供さえ成人すれば好いのです。それでもいけないと云うのですか?
 使 さあ、年限はかまわないのですが、――しかしあなたをつれて行かなければ代りが一人入るのです。あなたと同じ年頃の、……
 小町 (興奮しながら)では誰でもつれて行って下さい。わたしの召使いの女の中にも、同じ年の女は二三人います。阿漕でも小松でもかまいません。あなたの気に入ったのをつれて行って下さい。
 使 いや、名前もあなたのように小町と云わなければいけないのです。

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