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好色
こうしょく
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」 筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日
初出「改造」1921(大正10)年10月
入力者j.utiyama
校正者かとうかおり
公開 / 更新1999-01-19 / 2014-09-17
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

平中といふ色ごのみにて、宮仕人はさらなり、人の女など忍びて見
ぬはなかりけり。
宇治拾遺物語
何でかこの人に不会では止まむと思ひ迷ける程に、平中病付にけり。
然て悩ける程に死にけり。
今昔物語
色を好むといふは、かやうのふるまひなり。
十訓抄

     一 画姿

 泰平の時代にふさはしい、優美なきらめき烏帽子の下には、下ぶくれの顔がこちらを見てゐる。そのふつくりと肥つた頬に、鮮かな赤みがさしてゐるのは、何も臙脂をぼかしたのではない。男には珍しい餅肌が、自然と血の色を透かせたのである。髭は品の好い鼻の下に、――と云ふよりも薄い唇の左右に、丁度薄墨を刷いたやうに、僅ばかりしか残つてゐない。しかしつややかな鬢の上には、霞も立たない空の色さへ、ほんのりと青みを映してゐる。耳はその鬢のはづれに、ちよいと上つた耳たぶだけ見える。それが蛤の貝のやうな、暖かい色をしてゐるのは、かすかな光の加減らしい。眼は人よりも細い中に、絶えず微笑が漂つてゐる。殆その瞳の底には、何時でも咲き匂つた桜の枝が、浮んでゐるのかと思ふ位、晴れ晴れした微笑が漂つてゐる。が、多少注意をすれば、其処には必しも幸福のみが住まつてゐない事がわかるかも知れない。これは遠い何物かに、[#挿絵][#挿絵]を持つた微笑である。同時に又手近い一切に、軽蔑を抱いた微笑である。頸は顔に比べると、寧ろ華奢すぎると評しても好い。その頸には白い汗衫の襟が、かすかに香を焚きしめた、菜の花色の水干の襟と、細い一線を画いてゐる。顔の後にほのめいてゐるのは、鶴を織り出した几帳であらうか? それとものどかな山の裾に、女松を描いた障子であらうか? 兎に角曇つた銀のやうな、薄白い明みが拡がつてゐる。……
 これが古い物語の中から、わたしの前に浮んで来た「天が下の色好み」平の貞文の似顔である。平の好風に子が三人ある、丁度その次男に生まれたから、平中と渾名を呼ばれたと云ふ、わたしの Don Juan の似顔である。

     二 桜

 平中は柱によりかかりながら、漫然と桜を眺めてゐる。近々と軒に迫つた桜は、もう盛りが過ぎたらしい。そのやや赤みの褪せた花には、永い昼過ぎの日の光が、さし交した枝の向き向きに、複雑な影を投げ合つてゐる。が、平中の眼は桜にあつても、平中の心は桜にない。彼はさつきから漫然と、侍従の事を考へてゐる。
「始めて侍従を見かけたのは、――」
 平中はかう思ひ続けた。
「始めて侍従を見かけたのは、――あれは何時の事だつたかな? さうさう、何でも稲荷詣でに出かけると云つてゐたのだから、初午の朝だつたのに違ひない。あの女が車へ乗らうとする、おれが其処へ通りかかる、――と云ふのが抑々の起りだつた。顔は扇をかざした陰にちらりと見えただけだつたが、紅梅や萌黄を重ねた上へ、紫の袿をひつかけてゐる、――その容子が何とも云へなかつた。おま…

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