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人の顔
ひとのかお
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集3」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年8月24日
初出「新青年」1928(昭和3)年3月
入力者柴田卓治
校正者江村秀之
公開 / 更新2000-07-04 / 2014-09-17
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

 チエ子は奇妙な児であった。
 孤児院に居るうちは、ただむやみと可愛いらしい、あどけない一方の児であったが、五ツの年の春に、麹町の番町に住んでいる、或る船の機関長の家庭に貰われて来てから一年ばかり経つと、何となく、あたりまえの児と違って来た。
 背丈けがあまり伸びない上に、子供のもちまえの頬の赤味が、いつからともなく消えうせて、透きとおるほど色が白くなるにつれて、フタカイ瞼の眼ばかりが大きく大きくなって行った。それと一緒に口数が少くなって、ちょっと見ると唖児ではないかと思われるほど、静かな児になった。そうして時たま口を利く時には、その大きな眼を一パイに見開いて、マジマジと相手の顔を見る。それから、その小さな下唇を、いく度もいく度も吸い込んだり出したりしているうちに、不意に、ハッキリした言葉つきで、飛んでもないマセた事を云い出したりするのであったが、それが又チエ子を、たまらない程イジラシイ悧溌な児に見せたので、両親は大自慢で可愛がるのであった。チエ子が一番わるい癖の朝寝坊でも、叱るどころでなく、かえって手数のかからない児だと云って、自慢の一ツにする位であった。
 しかしチエ子にはもう一ツ奇妙な……しかしあまり人の目につかない特徴があった。それは何の影もない大空と屋根との境い目だの、木の幹の一部分だの、室の隅ッコだのを、ジイッと、いつまでもいつまでも見つめる癖で、すぐ近くから呼ばれているのに気がつかないで、空のまん中に浮いている雲だの、汚れた白壁の途中だのを一心に見上げていたりするのであった。
 母親はこの癖に気付いているにはいたが、温柔しい児にはあり勝ちのことなので、さほど気にかけていなかった。いくら呼んでも来ない時に、
「チエ子さん……何を見ているのです……」
 なぞと叱ることもあったが、本当に何を見ているのか、きいてみた事は一度もなかった。
 ところが、チエ子が六ツになった年の秋の末のこと、外国航路についている父親から、真赤な鳥の羽根の外套を送って来た。それは和服にも着せられる、鐘型の風変りなもので、その深紅の色が何ともいえず上品に見えた。
 母親は早速それをチエ子に着せて、自分も貴婦人みたようにケバケバしく着飾って、四谷へ活動を見に連れて行った。母親は、どちらかといえば痩せギスで、背丈けが普通の女以上にスラリとしているので、チエ子の手を引いて行くのはいくらか自烈度いらしかったが、それでも、二人とも新しいフェルトの草履を穿いて、イソイソとしていたので、誰が見てもホントウの親子に見えた。

       二

 活動が済むころから、風がヒュウヒュウ吹き出したので、かなり寒い、星だらけの夜になった。
 その中を二人は手を引き合って帰って来たが、嫩葉女学校の横の人通りの絶えた狭い通りへ這入ると、チエ子が不意に立ち止まって母親を引き止めた。そう…

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