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キキリツツリ
キキリツツリ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集1」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年5月22日
初出「九州日報」1923(大正12)年2月
入力者柴田卓治
校正者もりみつじゅんじ
公開 / 更新2000-03-06 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 露子さんは継子で、いつもお母さんからいじめられて泣いてばかりいました。
 夜は毎晩おそくまで御飯のあと片付けをしたり、お使いに遣られたりしました。寝る時はまた、お台所の際の板張りの上に薄い薄い蒲団を敷いて、たった一人ふるえながら寝なければなりませんでした。
 ようやく寒いつめたい冬が過ぎてあたたかくなりましたので、露子さんは大喜びでした。けれどもそれと一所に悲しくてならぬ事が出来ました。
 露子さんは尋常の四年生でしたが、六年生にも負けぬ位学校がよく出来ましたので、今年から女学校に這入りたいと思って、或る日思い切ってお父さまやお母様に願って見たのですが、お父様は宜しいとおっしゃっても、お母様がお聞きになりません。
「女の癖に女学校へ行くなんて余計な事です。女学校へ這入るには試験を受けねばならぬでしょう。試験を受けるために勉強するからといって、うちの仕事をなまけようと思うから、そんな事を云うのです。試験の前に勉強して女学校に這入れたって、本当に這入れたのではありませぬ。勉強しないで這入れたのが本当です。まだ尋常四年の癖に生意気な事を云うものではありませぬ」
 こう云って、お母さんは何といっても御承知なさいませんでした。
 露子さんも勉強しないではとても女学校へ這入れまいと思って、泣く泣くだまってしまいました。そうして静かに台所の電気を消して寝ました。
 けれども露子さんは、女学校に這入りたくて這入りたくてたまりませんでした。床に就いてから涙が止め度なく出て寝られませんでした。
 その中に近所が静かになると、露子さんは不図妙な音に気がつきました。
 雨戸の真中あたりと思う処から、
「キキリココリ。ククリキキリ。フフリチチリ。リリリツツリ」
 と小さな音が面白く調子よく聞こえて来ます。
 露子さんはそっと起き上って、そっと電気をひねって、音のする方に近寄りました。
 見ると、その雨戸の桟の上に小さい小さい虫が一匹、洋服を着て眼鏡を掛けて、揺れ椅子に腰をかけて書物を読んでいます。今の音は虫が揺れ椅子をゆする音でした。
 露子さんは驚いて眼をまん丸くしていると、虫は小さな赤い帽子を取って、椅子に腰をかけたまま露子さんにていねいにお辞儀をしました。露子さんも何だか変に思いながら、相手が丁寧ですからこちらもていねいにお辞儀を返しますと、虫は二本の長い髯を動かしながら、椅子をゆすりゆすり小さな声で口を利き初めました。
「キリリコロコロ、私はいつもこの雨戸の桟に御厄介になっているもので御座います。キリリコロコロ、私のうちはここで御座います。チチリツツリ、チチリツツリ、今夜は今年になってはじめて暖かいので、久し振りにここへ出て勉強をしているところでした。リリリココリココリ」
 と椅子をゆすりながら、横にある小さな虫穴を指さしました。露子さんは只もう呆れて眼を瞠っておりますと、…

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