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押絵の奇蹟
おしえのきせき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集3」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年8月24日
初出「新青年」1929(昭和4)年1月
入力者柴田卓治
校正者おのしげひこ
公開 / 更新2000-05-22 / 2014-09-17
長さの目安約 119 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

看護婦さんの眠っております隙を見ましては、拙ない女文字を走らせるので御座いますから、さぞかしお読みづらい、おわかりにくい事ばかりと存じますが、取り急ぎますままに幾重にもおゆるし下さいませ。

 あれから後、お便り一つ致しませずに姿をかくしました失礼のほど、どんなにか思し召しておいでになりますでしょう。どう致しましたならばお詫びが叶いましょうかと思いますと胸が一パイになりまして、悲しい情ない思いに心が弱って行くばかりで御座いました。そうしてやっとの思いで一昨晩コッソリと帰京致しますと、すぐにあれから後の新聞を二三通り取り寄せまして、次から次へと繰り返して見たので御座いますが、私の事につきましていろいろと出ております新聞記事と申しますのが又いずれ一つとして私の心を責めさいなまぬものは御座いませんでした。
 あの、丸の内演芸館で催されました明治音楽会の春季大会の席上で、突然に私が喀血致しまして、程近い綜合病院に入院致しますと、その夜のうちに行方不明になりました事に就きまして、新聞社や、そのほかの皆様から寄せて頂いております御同情の勿体なさ。それから又、最後までお世話になっておりました岡沢先生御夫婦の親身も及びませぬ痛々しい御心配なぞ……そうして、そのような中に、とりわけても貴方様が、あの時から後、心ならずも貴方様から離れて行きました私の罪をお咎めになりませぬのみか、数ならぬ私の事を舞台を休んでまで御心配下さいまして、いろいろと手を尽して私の行方をお探しになっておりますうちに、思いもかけませず私と同じように喀血をなされました。そうして同じ丸の内の綜合病院に、御入院になりまして、私の名前を呼びつづけておいで遊ばすという事を「処もおなじ……」という雑報欄の記事で拝見致しました時の心苦しさ……。そうしてそれと同時にあなた様と私とが斯様に同じ運命の手に落ちて参りまして、おなじ病気にかかって同じように血を吐く身の上になりましたことが、けっして偶然でありませぬ事を思い知りました時の空怖ろしさ……。唯さえ苦しいこの呼吸が絶え入るまで、ハンカチを絞って泣きましたことで御座いました。
 こんなになりました上は、何をおかくし致しましょう。
 私はずっと前、まだ貴方様に直接のお眼もじ致しませぬうちから、あなた様こそ只今の歌舞伎界で一番お若い、一番のお美しい女形の名優として、外国にまでお名前の高い中村半次郎様こと、菱田新太郎様でおいで遊ばすことを、蔭ながら、よく存じておりました。
 そればかりでは御座いませぬ。
 大変に失礼な申上げようでは御座いますけれども、そのあなた様が、私と同じ年の二十三歳でおいでになりますばかりでなく、今日まで一人も婦人をお近づけになりませずに、女嫌いという評判をそのままに立て通しておいでになりましたことも、よく存じ上げておりました。
 それで、もしか致しましたなら…

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