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若返り薬
わかがえりぐすり
作品ID941
著者海若 藍平 / 夢野 久作
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集1」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年5月22日
初出「九州日報」1923(大正12)年1月
入力者柴田卓治
校正者もりみつじゅんじ
公開 / 更新2000-01-31 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 太郎さんはお父さまから銀色にピカピカ光る空気銃を一梃頂きました。大喜びで毎日毎日雀を撃って歩きましたが、一匹も中りません。そのうちに弾丸が一発も無くなりました。
 お父様に弾丸を買って下さいとお願いしましたが、
「まだ店がお休みだから」
 と云って買って下さいません。雀は表でチュンチュン鳴いて、何だか太郎さんを馬鹿にしているようです。太郎さんは弾丸のない空気銃を抱いて涙ぐみました。
 そのうちに不図お祖父様の手箱の中に赤い丸薬があった事を思い出しました。ちょうどお祖父様は御年始に行かれた留守でしたから、そっとお室へ行って床の間の手箱をあけて丸薬の袋を盗み出しました。
 その袋の中には赤い丸薬がたった三粒ありました。空気銃に入れてみると丁度良い位の大きさです。
 太郎さんは大喜びで三粒の赤い丸薬を持って表に出て、屋根の上にいる雀を狙って一発放しましたが、中りませんでした。又一発――又一発――とうとう三粒共赤い丸薬を撃ちましたが、中りません。雀は知らぬ顔をしてチュンチュンと囀っています。
 太郎さんは急に丸薬が惜くなりました。もしやそこらに落ちていはしまいかと門の外へ来てみますと、そこには一人の老人の乞食がいて、三粒の赤い丸薬を汚い黒い掌に乗せて不思議そうに見ております。
 太郎さんは喜ぶまい事か、
「あっ、その丸薬は僕のだ。返しておくれ」
 と云いました。
 乞食は鬚だらけの顔を挙げて太郎さんをジロジロ見ましたが、やがてニヤリと笑って、
「坊ちゃん。この薬は今しがた私がここにいるときに天から降って来たのを私が拾ったのです。あなたに上げる訳に行きません」
 と云う中に汚い手で握り込んでしまいました。
 太郎さんは、何という意地の悪い乞食だろうと思って腹が立ちました。どうかして返してもらおうと思いましたが、しかたがありませんから、お祖父様の丸薬を盗んだ事を話しますと、乞食はさもさも驚いたという顔をしました。
「それは坊ちゃん、大変ですよ。この丸薬は一粒飲むと一年、二粒飲むと十年、三粒飲むと百年、四粒飲むと千年、五粒飲むと一万年生き延びるのです。もし今日あなたのお祖父様が御病気になられて、この薬を飲みたいと云われたらどうなさいます。そうしてこの薬がないためにお祖父様が亡くなられたらどうなさいます。あなたはお祖父様のお命を取ったも同然ではありませんか。そんな大切なお薬を雀の生命を取るために使うなぞと、まあ何という乱暴な坊ちゃんでしょう。私はあなたのような方にこの薬をお返し申す訳に参りません」
 太郎さんは悪かったと思って、忽ちワッと泣き出しました。泣きながら乞食に、
「何卒どんな事でもしますから、その丸薬を返して下さい」
 と頼みましたが、乞食は意地悪く頭を左右に振るばかりです。
「イエイエ、御返しする訳には参りません。この薬は私が飲んでしまいます」
 と云う中に、…

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