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半七捕物帳
はんしちとりものちょう
副題62 歩兵の髪切り
62 ほへいのかみきり
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「時代推理小説 半七捕物帳(五)」 光文社時代小説文庫、光文社
1986(昭和61)年10月20日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄
公開 / 更新1999-06-05 / 2014-09-17
長さの目安約 43 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 前回には極月十三日の訪問記をかいたが、十二月十四日についても、一つの思い出がある。江戸以来、歳の市の始まりは深川八幡で、それが十四、十五の両日であることは、わたしも子どもの時から知っていたが、一度もその実況を観たことが無いので、天気のいいのを幸いに、俄かに思い立って深川へ足を向けた。
 今と違って、明治時代の富岡門前町の往来はあまり広くない。その両側に露店が列んでいるので、車止めになりそうな混雑である。市商人は大かた境内に店を出しているのであるが、それでも往来にまでこぼれ出して、そこにも此処にも縁起物を売っている。それをうかうか眺めながら行きかかると、路ばたの理髪店から老人が出て来た。
「やあ」
 それは半七老人であった。赤坂に住んでいる老人が深川まで髪を刈りに来るのかと、わたしも少し驚いていると、それを察したように、彼は笑った。
「山の手の者が川向うまで頭を刈りに来る。わたくしのように閑人でなければ出来ない芸ですね。いや、わたくしだって始終ここらまで来る訳じゃあありません。ついでがある時に寄るんですよ」
 ここの理髪店の主人は、そのむかし神田に床を持っていて、半七老人とは江戸以来の馴染であるので、ここらへ来たときには立ち寄って、鋏の音を聴きながら昔話をする。それも一つの楽しみであると、老人は説明した。
「きょうも八幡様の市へ来たので、その足ついでに寄ったのですが……。あなたは何処へ……」
「わたしも市を観に来たんですが……」
「はは、今の若い方にしちゃあお珍らしい。帰りは洲崎へでもお廻りですか」と、老人は笑いながら云った。
「いや、そんな元気はありません」と、わたしも笑った。
 二人は話しながら連れ立って境内にはいった。老人は八幡の神前でうやうやしく礼拝していた。そこらを一巡して再び往来へ出ると、老人はどこかで午飯を食おうと云い出した。宮川の鰻もきょうは混雑しているであろうから、冬木の蕎麦にしようと、誘われるままにゆくと、わたしは冬木弁天の境内に連れ込まれた。
  名月や池をめぐりて夜もすがら
 例の芭蕉の句碑の立っている所である。蕎麦屋と云っても、池にむかった座敷へ通されて、老人が注文の椀盛や刺身や蝦の鬼がら焼などが運ばれた。池のみぎわには蘆か芒が枯れ残っていて、どこやらで雁の声がきこえた。
「静かですね」と、わたしは云った。
「ここらもだいぶ変ったのですが、それでも赤坂やなんぞのようなものじゃあありません。さすがに江戸らしい気分が残っていますね」と、老人も云った。「今もあの髪結床の爺さんと話して来たんですが、髪結床だって昔とは違いましたね。それでもまだチョン髷を結いに来る客があるそうです。今は爺さんが引き受けているからいいが、その爺さんがいなくなってからチョン髷が来たらどうしますかな。尤もその頃には、そんなお客も根絶やしになりましょう…

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