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半七捕物帳
はんしちとりものちょう
作品ID981
副題55 かむろ蛇
55 かむろへび
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「時代推理小説 半七捕物帳(五)」 光文社時代小説文庫、光文社
1986(昭和61)年10月20日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄
公開 / 更新1999-04-25 / 2014-09-17
長さの目安約 48 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

  一

 ある年の夏、わたしが房州の旅から帰って、形ばかりの土産物をたずさえて半七老人を訪問すると、若いときから避暑旅行などをしたことの無いという老人は、喜んで海水浴場の話などを聴いた。
 そのうちに、わたしが鋸山へ登って、おびただしい蛇に出逢った話をすると、半七は顔をしかめながら笑った。
「わたしの識っている人で、鋸山の羅漢さまへお参りに行ったのもありましたが、蛇の話は聴きませんでした。別にどうするということも無いでしょうが、それでも気味がよくありませんね。蛇と云えば、いつぞやお化け師匠のお話をしたことがあるでしょう。師匠を絞め殺して、その頸に蛇をまき付けて置いた一件です。あれとは又違って、わたくしの方に蛇のお話がありますが、蛇にはもう懲りましたか」
「かまいません。聴かせて下さい」
「では、お話をしますが、例のわたくしの癖で、前置きを少し云わせてください。それでないと、今の人達にはどうも判り兼ねますからね。御承知の通り、小石川に小日向という所があります。小日向はなかなか区域が広く、そのうちにいろいろの小名がありますが、これから申し上げるのは小日向の水道端、明治以後は水道端町一丁目二丁目に分かれましたが、江戸時代には併せて水道端と呼んでいました。その水道端、こんにちの二丁目に日輪寺という曹洞宗の寺があります。その本堂の左手から登ってゆくと、うしろの山に氷川明神の社がありました。むかしは日輪寺も氷川神社も一緒でありましたが、明治の初年に神仏混淆を禁じられたので、氷川神社は服部坂の小日向神社に合祀されることになって、社殿のあとは暫く空地のままに残っていましたが、今では立ち木を伐り払って東京府の用地になっているようです。
 そういうわけで、今日そこに明神の社はありませんが、江戸時代には立派な社殿があって、江戸名所図会にもその図が出ています。ところが、その明神の山に一種の伝説があって、そこには『かむろ蛇』という怪物が棲んでいるという。それに就いてはいろいろの説がありまして、胴の青い、頭の黒い蛇、それが昔の子どもの切禿に似ているのでかむろ蛇と云うのだと、見て来たように講釈する者もあります。また一説によると、天気の曇った暗い日には、森のあたりに切禿の可愛らしい女の児が遊んでいる。その禿は蛇の化身で、それを見たものは三日のうちに死ぬという。勿論めったに出逢った者も無いんですが、安永年間、水道端の荒木坂に店を開いている呉服屋渡世、松本屋忠左衛門のせがれは、二、三日煩い付いて急に死んだ。その死にぎわに、実は明神山でかむろ蛇を見たと話したそうです。
 そのほかにも二、三人、そういう例があると云い伝えられて、夜は勿論、暁方や夕方や、天気の曇った日には、みな用心して明神山へ登らない事にしていました。そんなところへ近寄らないのが一番無事なんですが、この氷川さまは小日向一円の総鎮守…

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