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半七捕物帳
はんしちとりものちょう
作品ID983
副題03 勘平の死
03 かんぺいのし
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「時代推理小説 半七捕物帳(一)」 光文社時代小説文庫、光文社
1985(昭和60)年11月20日
入力者tatsuki
校正者湯地光弘
公開 / 更新1999-05-10 / 2014-09-17
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 歴史小説の老大家T先生を赤坂のお宅に訪問して、江戸のむかしのお話をいろいろ伺ったので、わたしは又かの半七老人にも逢いたくなった。T先生のお宅を出たのは午後三時頃で、赤坂の大通りでは仕事師が家々のまえに門松を立てていた。砂糖屋の店さきには七、八人の男や女が、狭そうに押し合っていた。年末大売出しの紙ビラや立看板や、紅い提灯やむらさきの旗や、濁った楽隊の音や、甲走った蓄音機のひびきや、それらの色彩と音楽とが一つに溶け合って、師走の都の巷にあわただしい気分を作っていた。
「もう数え日だ」
 こう思うと、わたしのような閑人が方々のお邪魔をして歩いているのは、あまり心ない仕業であることを考えなければならなかった。私も、もうまっすぐに自分の家へ帰ろうと思い直した。そうして、電車の停留場の方へぶらぶら歩いてゆくと、往来なかでちょうど半七老人に出逢った。
「どうなすった。この頃しばらく見えませんでしたね」
 老人はいつも元気よく笑っていた。
「実はこれから伺おうかと思ったんですが、歳の暮にお邪魔をしても悪いと思って……」
「なあに、わたくしはどうせ隠居の身分です。盆も暮も正月もあるもんですか。あなたの方さえ御用がなけりゃあ、ちょっと寄っていらっしゃい」
 渡りに舟というのは全くこの事であった。わたしは遠慮なしにそのあとについて行くと、老人は先に立って格子をあけた。
「老婢。お客様だよ」
 私はいつもの六畳に通された。それから又いつもの通りに佳いお茶が出る。旨い菓子が出る。忙がしい師走の社会と遠く懸け放れている老人と若い者とは、時計のない国に住んでいるように、日の暮れる頃までのんびりした心持で語りつづけた。
「ちょうど今頃でしたね。京橋の和泉屋で素人芝居のあったのは……」と、老人は思い出したように云った。
「なんです。しろうと芝居がどうしたんです」
「その時に一と騒動持ち上がりましてね。その時には私も少し頭を痛めましたよ。あれは確か安政午年の十二月、歳の暮にしては暖い晩でした。和泉屋というのは大きな鉄物屋で、店は具足町にありました。家中が芝居気ちがいでしてね、とうとう大変な騒ぎをおっ始めてしまったんです。え、その話をしろと云うんですか。じゃあ、又いつもの手柄話を始めますから、まあ聴いてください」
 安政五年の暮は案外にあたたかい日が四、五日つづいた。半七は朝飯を済ませて、それから八丁堀の旦那(同心)方のところへ歳暮にでも廻ろうかと思っていると、妹のお粂が台所の方から忙がしそうにはいって来た。お粂は母のお民と明神下に世帯を持って、常磐津の師匠をしているのであった。
「姉さん、お早うございます。兄さんはもう起きていて……」
 女中と一緒に台所で働いていた女房のお仙はにっこりしながら振り向いた。
「あら、お粂ちゃん、お上がんなさい。大変に早く、どうしたの」
「すこし兄さんに頼…

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