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半七捕物帳
はんしちとりものちょう
作品ID990
副題25 狐と僧
25 きつねとそう
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「時代推理小説 半七捕物帳(二)」 光文社時代小説文庫、光文社
1986(昭和61)年3月20日
入力者tatsuki
校正者山本奈津恵
公開 / 更新1999-09-22 / 2014-09-17
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

「これも狐の話ですよ。しかし、これはわたくしが自身に手がけた事件です」と、半七老人は笑った。

 嘉永二年の秋である。江戸の谷中の時光寺という古い寺で不思議の噂が伝えられた。それはその寺の住職の英善というのが、いつの間にか狐になっていたというのである。実に途方もない奇怪な出来事ではあるが、寺の方からその届け出があった以上、寺社奉行も単にばかばかしいといって捨てて置くわけにも行かなかった。
 時光寺はあまり大きい寺ではないが、由緒のある寺で、その寺格も低くなかった。住職の英善は今年四十一歳で、七年ほど前から先住のあとを受けついで、これまでに変った噂もきこえなかった。ほかに善了という二十一歳の納所と、英俊という十三歳の小坊主と、伴助という五十五歳の寺男と、あわせて三人がこの寺内に住んでいた。伴助は耳の遠い男であったが、正直者として住職に可愛がられていた。
 こうして何事もなく過ぎているうちに、思いもよらない事件が出来して、檀家は勿論、世間の人々をもおどろかしたのである。事件の起る前夜、住職の英善は、根岸の伊賀屋という道具屋の仏事にまねかれて、小坊主の英俊を連れて出たが、四ツ(午後十時)少し前に英俊だけが帰って来た。師匠は途中でこれからほかへ廻るから、おまえは先へ帰れといったので、小坊主はそのまま別れて来たのであった。
 夜なかになっても住職は戻らないので、寺でも心配した。伴助は提灯を持って幾たびか途中まで迎いに出て行ったが、英善の姿はみえなかった。こうして不安の一夜を送った後、この寺から二町ほど距れた無総寺という寺のまえの大きい溝のなかに、英善によく似た者のすがたが発見された。それはあくる朝のことで、いつも早起きの無総寺の寺男が見つけ出したのであるが、溝にはまり込んで死んでいたのは、人間ではなかった。それは法衣や袈裟をつけている狐であった。寺男はびっくりして、ほかの人々にも報告したので、たちまちこのあたりの大騒ぎとなった。
 袈裟や法衣をつけている者の正体はたしかに年経る狐に相違なかった。死体の傍には数珠も落ちていた。小さい折本の観音経も落ちていた。履物はどこにも見えなかったが、その袈裟と法衣と、数珠と経文と、それらの品々がことごとく時光寺の住職の持ち物に符合するばかりか、その経文の折本のうちには時光寺と明らかに書いてあるので、誰もそれをうたがうことは出来なかった。殊にその本人の英善がゆうべから戻って来ないのであるから、諸人はいよいよこの奇怪な出来事を信ずるよりほかはなかった。唯ここに残された問題は、英善がゆうべこの狐にたぶらかされて、その衣類や持ち物を奪われたのか、或いはその以前から本人の正体はどこかへ消えてしまって、狐が住職になり澄ましていたのかということで、その疑問は容易に解決されなかった。
 無総寺の寺男の話によると、夜なかに門前で頻りに…

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