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半七捕物帳
はんしちとりものちょう
作品ID1026
副題28 雪達磨
28 ゆきだるま
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「時代推理小説 半七捕物帳(三)」 光文社時代小説文庫、光文社
1986(昭和61)年5月20日
入力者網迫
校正者おのしげひこ
公開 / 更新2000-07-06 / 2014-09-17
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 改めて云うまでもないが、ここに紹介している幾種の探偵ものがたりに、何等かの特色があるとすれば、それは普通の探偵的興味以外に、これらの物語の背景をなしている江戸のおもかげの幾分をうかがい得られるという点にあらねばならない。わたしも注意して、半七老人の談話筆記をなるべく書き誤らないように努めているつもりであるが、その説明がやはり不十分のために、往々にして読者の惑いを惹き起す場合がないとは限らない。
 これらの物語について、こういう不審をいだく人のある事をしばしば聴いた。それは岡っ引の半七が自分の縄張りの神田以外に踏み出して働くことである。岡っ引にはめいめいの持ち場がある。それをむやみに踏み越えて、諸方で活動するのは嘘らしいというのである。それは確かにごもっともの理窟で、岡っ引は原則として自分だけの縄張り内を守っているべきである。仲間の義理としても、他の縄張りをあらすのは遠慮しなければならない。しかし他の縄張りを絶対に荒らしてはならないというほどの窮屈な規則も約束もない。今日でも某区内の犯罪者が他区の警察の手にあげられる場合もある。まして江戸の時代に於いて、たがいに功名をあらそう此の種の職業者に対して、絶対にその職務執行範囲を制限するなどは所詮できることではない。半七がどこへ出しゃばっても、それは嘘でないと思って貰いたい。
「これはわたくしの縄張り内ですから、威張って話せますよ」と、半七老人が笑いながら話し出したのは、左の昔の話である。

 文久元年の冬には、江戸に一度も雪が降らなかった。冬じゅうに少しも雪を見ないというのは、殆ど前代未聞の奇蹟であるかのように、江戸の人々が不思議がって云いはやしていると、その埋め合わせというのか、あくる年の文久二年の春には、正月の元旦から大雪がふり出して、三ガ日の間ふり通した結果は、八百八町を真っ白に埋めてしまった。
 故老の口碑によると、この雪は三尺も積ったと伝えられている。江戸で三尺の雪――それは余ほど割引きをして聞かなければならないが、ともかくも其の雪が正月の二十日頃まで消え残っていたというのから推し量ると、かなりの多量であったことは想像するに難くない。少なくとも江戸に於いては、近年未曾有の大雪であったに相違ない。
 それほどの大雪にうずめられている間に、のん気な江戸の人達は、たとい回礼に出ることを怠っても、雪達磨をこしらえることを忘れなかった。諸方の辻々には思い思いの意匠を凝らした雪達磨が、申し合わせたように炭団の大きい眼をむいて座禅をくんでいた。ことに今年はその材料が豊富であるので、場所によっては見あげるばかりの大達磨が、雪解け路に行き悩んでいる往来の人々を睥睨しながら坐り込んでいた。
 しかもそれらの大小達磨は、いつまでも大江戸のまん中にのさばり返って存在することを許されなかった。七草も過ぎ、蔵開きの…

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