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号外
ごうがい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「号外・少年の悲哀 他六編」 岩波文庫、岩波書店
1939(昭和14)年4月17日、1960(昭和35)年1月25日第14刷改版
入力者紅邪鬼
校正者LUNA CAT
公開 / 更新2000-08-21 / 2014-09-17
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ぼろ洋服を着た男爵加藤が、今夜もホールに現われている。彼は多少キじるしだとの評がホールの仲間にあるけれども、おそらくホールの御連中にキ的傾向を持っていないかたはあるまいと思われる。かく言う自分もさよう、同類と信じているのである。
 ここに言うホールとは、銀座何丁目の狭い、窮屈な路地にある正宗ホールの事である。
 生一本の酒を飲むことの自由自在、孫悟空が雲に乗り霧を起こすがごとき、通力を持っていたもう「富豪」「成功の人」「カーネーギー」「なんとかフェラー」、「実業雑誌の食い物」の諸君にありてはなんでもないでしょう、が、われわれごときにありては、でない、さようでない。正宗ホールでなければ飲めません。
 感心にうまい酒を飲ませます。混成酒ばかり飲みます、この不愉快な東京にいなければならぬ不幸な運命のおたがいに取りては、ホールほどうれしい所はないのである。
 男爵加藤が、いつもどなる、なんと言うてどなる「モー一本」と言うてどなる。
 彫刻家の中倉の翁が、なんと言うて、その太い指を出す、「一本」
 ことごとく飲み仲間だ。ことごとく結構!
 今夜も「加と男」がノッソリ御出張になりました。「加と男」とは「加藤男爵」の略称、御出張とは、特に男爵閣下にわれわれ平民ないし、平ザムライどもが申し上げ奉る、言葉である。けれどもが、さし向かえば、些の尊敬をするわけでもない、自他平等、海藻のつくだ煮の品評に余念もありません。
「戦争がないと生きている張り合いがない、ああツマラない、困った事だ、なんとか戦争を始めるくふうはないものかしら。」
 加藤君が例のごとく始めました。「男」はこれが近ごろの癖なのである。近ごろとは、ポーツマウスの平和以後の冬の初めのころを指さす。
 中倉先生は大の反対論者で、こういう奇抜な事を言った事がある。
「モシできる事なら、大理石の塊のまん中に、半人半獣の二人がかみ合っているところを彫ってみたい、塊の外面にそのからみ合った手を現わして。という次第は、彼ら争闘を続けている限りは、その自由をうる時がない、すなわち幽閉である。封じかつ縛せられているのである。人類相争う限り、彼らはまだ、その真の自由を得ていないという意味を示してみたいものである。」
「お示しなさいな。御勝手に」「男」は冷ややかに答えた事がある。
 そこで「加と男」の癖が今夜も始まったけれど、中倉翁、もはや、しいて相手になりたくもないふうであった。
「大理石の塊で彫ってもらいたいものがある、なんだと思われます、わが党の老美術家」、加藤はまず当たりました。
「大砲だろう」と、中倉先生もなかなかこれで負けないのである。
「大違いです。」
「それならなんだ、わかったわかった」
「なんだ」と今度は「男」が問うている。
 二人の問答を聞いているのもおもしろいが、見ているのも妙だ、一人は三十前後の痩せがたの、背の…

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