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醜婦を呵す
しゅうふをかす
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 5 樋口一葉・明治女流文學・泉鏡花集」 筑摩書房
1972(昭和47)年5月15日
入力者小林徹
校正者伊藤時也
公開 / 更新2000-09-14 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 村夫子は謂ふ、美の女性に貴ぶべきは、其面の美なるにはあらずして、単に其意の美なるにありと。何ぞあやまれるの甚しき。夫子が強ちに爾き道義的誤謬の見解を下したるは、大早計にも婦人を以て直ちに内政に参し家計を調ずる細君と臆断したるに因るなり。婦人と細君と同じからむや、蓋し其間に大差あらむ。勿論人の妻なるものも、吾人が商となり工となり、はた農となるが如く、女性が此世に処せむと欲して、択ぶ処の、身過の方便には相違なきも、そはたゞ芸妓といひ、娼妓といひ、矢場女といふと斉しく、一個任意の職業たるに過ぎずして、人の妻たるが故に婦人が其本分を尽したりとはいふを得ず。渠等が天命の職分たるや、花の如く、雪の如く、唯、美、これを以て吾人男性に対すべきのみ。
 男子の、花を美とし、雪を美とし、月を美とし、杖を携へて、瓢を荷ひて、赤壁に賦し、松島に吟ずるは、畢竟するに未だ美人を得ざるものか、或は恋に失望したるものの万止むを得ずしてなす、負惜の好事に過ぎず。
 玉の腕は真の玉よりもよく、雪の膚は雨の結晶せるものよりもよく、太液の芙蓉の顔は、不忍の蓮よりも更に好し、これを然らずと人に語るは、俳優に似たがる若旦那と、宗教界の偽善者のみなり。
 されば婦人は宇宙間に最も美なるものにあらずや、猶且美ならざるべからざるものにあらずや。
 心の美といふ、心の美、貞操か、淑徳か、試みに描きて見よ。色黒く眉薄く、鼻は恰もあるが如く、唇厚く、眦垂れ、頬ふくらみ、面に無数の痘痕あるもの、豕の如く肥えたるが、女装して絹地に立たば、誰かこれを見て節婦とし、烈女とし、賢女とし、慈母とせむ。譬ひこれが閨秀たるの説明をなしたる後も、吾人一片の情を動かすを得ざるなり。婦人といへども亦然らむ。卿等は描きたる醜悪の姉妹に対して、よく同情を表し得るか。恐らくは得ざるべし。
 薔薇には恐るべき刺あり。然れども吾人は其美を愛し、其香を喜ぶ。婦人もし艶にして美、美にして艶ならむか、薄情なるも、残忍なるも、殺意あるも亦害なきなり。
 試に思へ、彼の糞汁はいかむ、其心美なるにせよ、一見すれば嘔吐を催す、よしや妻とするの実用に適するも、誰か忍びてこれを手にせむ。またそれ蠅は厭ふべし、然れどもこれを花片の場合と仮定せよ「木の下は汁も鱠も桜かな」食物を犯すは同一きも美なるが故に春興たり。なほ天堂に於ける天女にして、もしその面貌醜ならむか、濁世の悪魔が花顔雪膚に化したるものに、嗜好の及ばざるや、甚だ遠し。
 希くば、満天下の妙齢女子、卿等務めて美人たれ。其意の美をいふにあらず、肉と皮との美ならむことを、熱心に、忠実に、汲々として勤めて時のなほ足らざるを憾とせよ。読書、習字、算術等、一切の科学何かある、唯紅粉粧飾の余暇に於て学ばむのみ。琴や、歌や、吾はた虫と、鳥と、水の音と、風の声とにこれを聞く、強て卿等を労せざるなり。
 裁縫は知らざるも、…

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