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悠々荘
ゆうゆうそう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「芥川龍之介全集6」 ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年3月24日
初出「サンデー毎日」1927(昭和2)年1月
入力者j.utiyama
校正者小林繁雄
公開 / 更新2005-03-05 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 十月のある午後、僕等三人は話し合いながら、松の中の小みちを歩いていた。小みちにはどこにも人かげはなかった。ただ時々松の梢に鵯の声のするだけだった。
「ゴオグの死骸を載せた玉突台だね、あの上では今でも玉を突いているがね。……」
 西洋から帰って来たSさんはそんなことを話して聞かせたりした。
 そのうちに僕等は薄苔のついた御影石の門の前へ通りかかった。石に嵌めこんだ標札には「悠々荘」と書いてあった。が、門の奥にある家は、――茅葺き屋根の西洋館はひっそりと硝子窓を鎖していた。僕は日頃この家に愛着を持たずにはいられなかった。それは一つには家自身のいかにも瀟洒としているためだった。しかしまたそのほかにも荒廃を極めたあたりの景色に――伸び放題伸びた庭芝や水の干上った古池に風情の多いためもない訣ではなかった。
「一つ中へはいって見るかな。」
 僕は先に立って門の中へはいった。敷石を挟んだ松の下には姫路茸などもかすかに赤らんでいた。
「この別荘を持っている人も震災以来来なくなったんだね。……」
 するとT君は考え深そうに玄関前の萩に目をやった後、こう僕の言葉に反対した。
「いや、去年までは来ていたんだね。去年ちゃんと刈りこまなけりゃ、この萩はこうは咲くもんじゃない。」
「しかしこの芝の上を見給え。こんなに壁土も落ちているだろう。これは君、震災の時に落ちたままになっているのに違いないよ。」
 僕は実際震災のために取り返しのつかない打撃を受けた年少の実業家を想像していた。それはまた木蔦のからみついたコッテエジ風の西洋館と――殊に硝子窓の前に植えた棕櫚や芭蕉の幾株かと調和しているのに違いなかった。
 しかしT君は腰をかがめ、芝の上の土を拾いながら、もう一度僕の言葉に反対した。
「これは壁土の落ちたのじゃない。園芸用の腐蝕土だよ。しかも上等な腐蝕土だよ。」
 僕等はいつか窓かけを下した硝子窓の前に佇んでいた。窓かけは、もちろん蝋引だった。
「家の中は見えないかね。」
 僕等はそんなことを話しながら、幾つかの硝子窓を覗いて歩いた。窓かけはどれも厳重に「悠々荘」の内部を隠していた。が、ちょうど南に向いた硝子窓の框の上には薬壜が二本並んでいた。
「ははあ、沃度剤を使っていたな。――」
 Sさんは僕等をふり返って言った。
「この別荘の主人は肺病患者だよ。」
 僕等は芒の穂を出した中を「悠々荘」の後ろへ廻って見た。そこにはもう赤錆のふいた亜鉛葺の納屋が一棟あった。納屋の中にはストオヴが一つ、西洋風の机が一つ、それから頭や腕のない石膏の女人像が一つあった。殊にその女人像は一面に埃におおわれたまま、ストオヴの前に横になっていた。
「するとその肺病患者は慰みに彫刻でもやっていたのかね。」
「これもやっぱり園芸用のものだよ。頭へ蘭などを植えるものでね。……あの机やストオヴもそうだよ。この納屋は窓も…

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