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文部省の仮名遣改定案について
もんぶしょうのかなづかいかいていあんについて
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「芥川龍之介全集 第十二巻」 岩波書店
1996(平成8)年10月8日発行
初出「改造」1925(大正14)年3月
入力者もりみつじゅんじ
校正者松永正敏
公開 / 更新2002-10-08 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 我文部省の仮名遣改定案は既に山田孝雄氏の痛撃を加へたる所なり。(雑誌「明星」二月号参照)山田氏の痛撃たる、尋常一様の痛撃にあらず。その当に破るべきを破つて寸毫の遺憾を止めざるは殆どサムソンの指動いてペリシデのマツチ箱のつぶるるに似たり。この山田氏の痛撃の後に仮名遣改定案を罵らむと欲す、誰か又蒸気ポンプの至れる後、龍吐水を持ち出すの歎なきを得むや。然れども思へ、火を滅せむには一杓の水も用なしと做さず。況や一条龍吐水の水をや。是僕の創見なきを羞ぢず、消防に加はらむとする所以なり。
 我文部省の仮名遣改定案は漫然と「改定」を称すれども、何に依つて改定せるかを明らかにせず。勿論政府の命ずる所の何に依るかを明らかにせざるは必しも咎むべからざるに似たり。僕は銀座街頭を行くに常に左側を通行すれども、何に依つて右側を歩まず左側を歩むかを明らかにせず。然れども左側を歩む所以は便宜に出づることを信ずればなり。
 試みに僕等に命ずるに日比谷公園の躑躅を伐り、家鴨を殺すことを以てせよ。誰かその何の故に伐り何の故に殺すかを問はざらむや。即ち政府の命ずる所の何に依るかを明らかにせざるは必しも咎むべからずと雖も、まづその便宜に出づる所以を僕等「大みたから」に信ぜしめざる可らず。仮名遣改定案を制定したる国語調査会の委員諸公は悉聡明練達の士なり。何ぞこの明白なる理の当然を知らざることあらむや。然らば諸公は仮名遣改定案の便宜たるを信ずるのみならず、僕等も亦便宜たることを信ずること、諸公の如くなるを信ずるなるべし。諸公の便宜たるを信ずるは諸公の随意に任ずるも可なり。然れども僕等も諸公の如く便宜たることを信ずべしとするは――少くとも諸公の楽天主義も聊か過ぎたりと言はざるべからず。
 僕は勿論仮名遣改定案の便宜たることを信ずる能はず。仮名遣改定案は――たとへば「ゐ」「ゑ」を廃するは繁を省ける所以なるべし。然れども繁を省けるが故に直ちに便宜なりと考ふるは最も危険なる思想なり。天下何ものか暴力よりも容易に繁を省くものあらむや。若し僕にして最も手軽に仮名遣改定案を葬らむとせむ乎、僕亦区々たる筆硯の間に委員諸公を責むるに先だち、直ちに諸公を暗殺すべし。僕の諸公を暗殺せず、敢てペンを駆る所以は――原稿料の為と言ふこと勿れ。――一に諸公を暗殺するの簡は即ち簡なりと雖も、便宜ならざるを信ずればなり。「ゐ」「ゑ」を廃して「い」「え」のみを存す、誰か簡なるを認めざらむや。然れども敷島のやまと言葉の乱れむとする危険を顧みざるは断じて便宜と言ふべからず。国語調査会の委員諸公は悉聡明練達の士なり。豈陽に忠孝を説き、陰に爆弾を懐にする超偽善的恐怖主義者ならむや。しかも諸公の為す所を見れば、諸公の簡を尊ぶこと、土蛮の生殖器を尊ぶが如くなるは殆ど恐怖主義者と同一なり。雑誌「明星」同人は諸公を以て便宜主義者と做す。(雑誌「明星」…

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