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振動魔
しんどうま
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第1巻 遺言状放送」 三一書房
1990(平成2)年10月15日
初出「新青年」博文館、1931(昭和6)年11月号
入力者taku
校正者土屋隆
公開 / 更新2007-11-01 / 2014-09-21
長さの目安約 36 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     1


 僕はこれから先ず、友人柿丘秋郎が企てた世にも奇怪きわまる実験について述べようと思う。
 柿丘秋郎と云ったのでは、読者は一向興味を覚えないだろうと思うが、これは無論、僕が仮りにつけた変名であって、もしもその本名を此処に真正直に書きたてるならば、それが余りにも有名な人物なので、読者は吁ッと驚いてしまうだろう。それにも拘らず、敢えてジャーナリズムに背き、彼の本名を曝露しない理由は――と書きかけたものの、僕は内心それに言及することに多大の躊躇を感じていることを告白せねばならない――彼の本名を曝露しない其の理由は、彼の妻君である柿丘呉子を、此後に於ても出来得るかぎり苦しめたくないからなのである。呉子さんは野獣的な今の世に、まことに珍らしいデリケートな女性である。それをちょっと比喩えてみるなれば、柔い黄色の羽根がやっと生えそろったばかりのカナリヤの雛仔を、ソッと吾が掌のうちに握ったような気持、とでも云ったなら、仄かに呉子さんから受ける感じを伝えることができるように思われる。庭の桐の木の葉崩れから、カサコソと捲きおこる秋風が呉子さんの襟脚にナヨナヨと生え並ぶ生毛を吹き倒しても、また釣瓶落ちに墜ちるという熟柿のように真赤な夕陽が長い睫をもった円らな彼女の双の眼を射当てても、呉子さんの姿は、たちどころに一抹の水蒸気と化して中空に消えゆきそうに考えられるのだった。ああ僕は、あだしごとを述べるについて思わず熱心でありすぎたようだ。
 このような楚々たる麗人を、妻と呼んで、来る日来る夜を紅閨に擁することの許された吾が友人柿丘秋郎こそは、世の中で一番不足のない果報者中の果報者だと云わなければならないのだった。若し僕が、仮りに柿丘秋郎の地位を与えられていたとしたら――おお、そう妄想したばっかりでも、なんという甘い刺戟に誘われることか――僕は呉子さんのために、エジプト風の宮殿を建て、珠玉を鏤めた翡翠色の王座に招じ、若し男性用の貞操帯というものがあったなら、僕は自らそれを締めてその鍵を、呉子女王の胸に懸け、常は淡紅色の垂幕を距てて遙かに三拝九拝し、奴隷の如くに仕えることも決して厭わないであろう。しかしながら友人柿丘秋郎の場合にあっては、なんというその身識らずの貪慾者であろう。彼は、もう一人の牝豚夫人という痴れものと、切るに切られぬ醜関係を生じてしまったのだった。
 その牝豚夫人は、白石雪子と云って、柿丘よりも二つ歳上の三十七歳だった。だが、その外貌に、それと肯く分別臭さはあっても、凡そ彼女の肉体の上には、どこにもそのように多い数字に相応わしいところが見当らなかったのだった。とりわけ、頸筋から胸へかけての曲線は、世にもあでやかなスロープをなし、その二の腕といわず下肢といわず、牛乳をたっぷり含ませたかのように色は白くムチムチと肥え、もし一本の指でその辺を軽く押したとすると、…

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