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すかんぽ
すかんぽ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代日本文學全集 17 小山内薫 木下杢太郎 吉井勇集」 筑摩書房
1968(昭和43)年4月5日
入力者伊藤時也
校正者小林繁雄
公開 / 更新2001-01-24 / 2014-09-17
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 字引で見ると、すかんぽの和名は須之であると云ふ。東京ではすかんぽといふ。われわれの郷里ではととぐさと呼んだ。漢名は酸模または※蕪[#「くさかんむり/(歹+食)」、259-中-9]である。日本植物圖鑑ではすいばと云ふのが普通の名稱として認められてゐる。今はさう云ふ事が億劫であるから、此植物に關する本草學的の詮索は御免を蒙る。

 震災前、即ち改築前の大學の庭には此草が毎年繁茂して、五月なかばには紅緑の粒を雜へた可憐な花の穗が夕映のくさむらに目立つた。學生として僕ははやく此草の存在に注意した。其花の莖とたんぽぽの冠毛の白い硝子玉とを配して作つたスケッチは齋藤茂吉君の舊い歌集の[#挿絵]繪として用ゐられた。
 此植物は僕には舊いなじみである。まだ小學校に上つて間もない時分、年上の惡少にそそのかされて、春の末、荒野の岡に行つた。
「紙に包んでな、鹽を持つて行くのだよ。」
 臺所の戸棚をあけて、鹽の壺から鹽を出して紙に包むと云ふ事が、この時ばかりはとても難澁な爲業であつた。そこに人の居ないのをうかがつて、またやがてそこに來る人のけはひのせぬのを確めて、臺所の押入の戸をあけるのである。
 匙が壺の縁に當つて鹽の粉が敷居の上にこぼれる。指先につまんで紙に取つてもなかなか取りきれない。人の足音がし、急いで懷に入れた紙の袋から懷の中に鹽がこぼれたらしい。
「お前何をしてゐる。」
 母だつたので安心した。何も返事をしなかつた。萬が一の爲めに辯解の用意はしてあつた。水が飮みたくなつたからコップを出さうと思つて鹽の壺をたふしたと云ふのである。然し其戸棚はコップのしまつてある戸棚ではなかつた。下男と女中とが話をしながら臺所の庭にはひつて來た。
「おはつ、正吉が鹽をこぼした。片付けてやんなさい。」
 下男は、假にここに正吉と呼ぶことにした僕の顏を見て笑つた。僕の企を推量したのであらうと思つた。此下男は一昨年、僕が始めて東京に往つたとき、僕をおぶつて山越をした男である。峠の山ばたで「すいは」といふ灌木の葉を取つて僕に食はしたことがあつた。その「すいは」と云ふのはここに云ふすかんぽではない。はつきりとは覺えてゐないが、どうだんつつじのやうな小さい葉であつたと思ふ。
 臺所の煤でてらてらと黒光のする大きな戸の表には、赤と黒との字の刷られた柱暦が貼つてあつた。
 さうして外へ出て、兼ねて打合はせて置いた場處で惡少と會ひ、一緒に低い岡に登つて行つたのである。道端には小さな川が流れてゐるが、水が甚だ好く澄んでゐる。今はもうさう云ふものが無くなつた。だが二十前年頃[#「二十前年頃」はママ]までは、誰が植ゑたのか、ひとりでに生えたのか、葉の長い石菖が繁茂してゐた。子供たちは無論、村の人も其名をば知らず、「めはじき」と子供は呼んでゐた。その花の穗を採つて屈めて、上下の眼瞼に張り赤目をする遊戲があつた。…

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